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2008-04-29 Tue 23:55
このブログに検索でアクセスしてくださった方の多くが「本谷有希子 トップランナー」、「月イチゴロー」、「秒速5センチメートル 壁紙」の3つのキーワードからの来訪ということを以前書きましたが、久しぶりに忍者のアクセス解析を覗いてみると、その傾向は未だ変わらず、しかしながら「秒速5センチメートル 壁紙」の全体に占める割合がかなり増加していました。「秒速5センチメートル」のDVDが発売されたのが去年の7月。去年5月に本谷さんが出演されたトップランナーの情報を求めて来られる方の数が下火になってきたのにも関わらず、依然として「秒速5センチメートル」の壁紙人気は衰えず。と勝手に自分のブログアクセス解析だけの情報から判断するのは無謀な話なんですが。(^^;)
こんなにも「秒速5センチメートル」の壁紙の需要があるという事柄は、自分にだけ分かった事実ではないかとちょっと嬉しくなってみたり。 (一時期ノートパソコンの壁紙は、「秒速5センチメートル」の壁紙にしていたのですが、ちょっと前から「鹿男あをによし」の壁紙に変更中。)それだけ根強くみなさんの興味を惹く「秒速5センチメートル」とは如何に。ちょっと気になり始めた頃にラジオの映画紹介番組の中でレンタル店の店長がインタビューに答えて「秒速5センチメートル」をお勧めされていたのを聴きました。これは一度レンタルして観て見るしかないと思い、ようやく先日この作品を見るに至りました。 以前の記事は、この映画の予告編と主題歌「One more time, One more chance」ミュージックビデオの映像だけを見て、それに対する感想を書きました。だから本編を観る前は、よく映画の予告編がインパクトのある映像を集めて編集されているが故に、期待して観に行くと拍子抜けしてしまう事があるのと同じように、予告編用に“絵”になる映像だけを凝縮させているのかなという考えが少し頭を過ぎりました。 しかし、観始めると見事にその懸念はどこかに飛んでいきました。全編に渡りどこを切り取って壁紙にしてもおかしくないというような美しい映像の連続。そして、映画の中の駅の構内、学校の教室、緑の生い茂る海沿いの道、雪化粧をした町角、どの何気ないシーンも自分の経験から深層心理に刻み込まれている風景と驚くほどに親和性があり、心に突き刺さるような心地よい痛みを残していきました。ここまで自分の中に持っている景色の記憶を刺激する作品は、実写でも他のアニメでも中々無いんじゃないかと思います。(大げさ!?) 今回、映像を観て美しいと感嘆すると同時にリアルだとも感じました。日常の中にある風景でこの2つの感覚の共存を味わえるのが、この映画の大きな魅力の一つではないでしょうか。 巻末の新海誠監督のインタビューの中で、映画製作の上での一環したコンセプトとして、「実際の風景を写実的に画くわけではなくて、記憶の中の風景を描きたいというのがある」と仰っていました。 人は物事を主観の混じった印象として捉えている。普段の生活の中では、実写の風景から脳の中で何らかの変換がなされて、心に届いてくる風景は実際とは少し異を成しているはず。では、脳の中での変換経路を省いて、その心に映る風景をダイレクトに観客に提示した時、人の心はどういう化学反応を示すか、これは新海監督の壮大な実験ではないかと思えてきました。新海監督は、その心の中にある風景を作り出す秘密の一つとして、描く密度を少なくしていると明かされていました。実際の脳の中でも同じような工程が踏まれているのではないかと思ったり。 僕は大学生の時、街の中心から少し離れた小高い丘の斜面に位置するアパート、南向きの部屋に住んでいました。その部屋で友達数人と夜遅くまで飲んでそのまま雑魚寝し、次の日の朝方、目覚めた時に窓から眺めた景色が今でも忘れられません。もう本格的な夏が間近に迫っていたその季節。朝日は一年でも最も早く昇り始め、街はまだ眠っているかのような静けさを保っているのに、朝靄が微かに残るなか十分な光量がすでに東の空から降り注いでいます。空気は涼やかで気持ちの良い風が部屋に流れ込み、近くの住宅街、遠くに見える高いビルの群れ、公園の緑、それらが新鮮な朝の光を浴びて瑞々しく輝いていました。植物の葉に宿る朝露が黄金色を纏うように。大きく深呼吸したくなるような爽快感がそこにありました。 その窓から見える光景を何故写真に収めなかったのか、チャンスはいくらでもあったはずなのに。。と今でも後悔する気持ちが時々顔を出すのですが、「秒速5センチメートル」に出てきた2つのシーンを連続して目にした時に朧げになりつつあるあの時の光景がハッキリと蘇ってきました。あの時の空気と共に。眺めていた景色は下に貼り付けた1枚目のような感じで、光の加減は2枚目のような印象でした。 ![]() ![]() しかし、もし写真に収めていても、今の自分の記憶の中にある風景とは違っているかもしれません。その写真に写っている現実を見て、もしかしたらあれは幻想だったと落胆するかもしれません。記憶の中だけでいつまでも輝き続ける風景、記憶の中だからこそ美しさを保ち続けることが出来る風景。 それは、その時の気温や湿度、空気の動き、何処からともなく聞こえてくる音、そして自分を取り巻く状況(例えば将来への希望や不安だったり、友達との関係だったり)を加味した気持ちの有り様、それらと連動した感動が実際の風景と混じり合った後に浮き出てくるものだから。 監督は、実際ロケされた所に行っても映画と同じようには見えないと仰っていました。色が淡く柔らかになり、遠くは霞み、光を増すことによって情報量が減らされている。しかし、それを見ている者はリアルだと受け止める。それは頭の中にリアルだと感じる根拠となるいつかの風景の記憶が個々にあるからだと思うのですが、実際に見た風景からその時点での脳内変換に加え、ある程度の時間経過による変化が起こり、映画の中にあるようなタッチの映像に近づいていくのかもしれません。そして、現実に体験した風景と共に結びついている感情もまろやかに、深淵に変容していて、映画を観ることでそれが無意識に呼び覚まされる。だからこの映画の映像を観ているだけで心地良くなるのではないかなと感じました。 新海誠監督作品独特の青や紫、白、オレンジの茫とした光の加減や色合いから、タケシマさんのブログにアップされている写真を連想しました。 ■タケシマさんの写真ブログ・「金魚ノ宙」 そこにある写真は、撮影技術によって実際に見える景色とは異なっていると思われますが、記憶の何処かにあるような、夢の中で観たような不思議な真実味や実感を伴って訴えかけてきます。人間の目にはそう見えないだけで、タケシマさんの写真に写った光景もこの世界に紛れもなく存在している真実の風景であると教えてくれている気がします。 そうすると人の意志を介した新海監督の映像も、写実的ではないにしても実は真実を描き出していると言えるのかもしれません。 ![]() ![]() 何を言いたいのか混乱してきました。(汗) P.S この作品を借りにレンタル店に行った時、“5本で1000円”という張り紙が目に入り、折角ならと貧乏性意識が出て「秒速5センチメートル」以外に「笑の大学」、「天然コケッコー」(ラジオでパーソナリティーが、“天然コケコッコー”って言ってた。気持ちは分かる。笑)、「大日本人」、「ヒカルの5」をなんとかかなりの時間をかけ無理やり選び出しました。何を借りるか決めていなくその場で見たいものを選ぶのがこんなに難しいとは。^^; 後から、ハズレがなくて自分でもビックリしたのですが。 何を選んでも良かったのに結局、ライブDVD「ヒカルの5」以外全部邦画。自覚なしに邦画のコーナーに引き寄せられていて、改めて自分は邦画が好きなんだと気付かされました。僕の中で邦画の勝手なイメージとして、「箱庭的小ぢんまりした扱いやすいサイズであり、それ故細かい所まで気配りが行き届いていて奇麗に整えられまとまっている」というのがあります。作品から滲み出ている日本的な美的感覚が心地いいのかもしれません。良く出来たミニチュアを眺めている時のような。(特に三谷幸喜監督の作品にはそれを強く感じます。)
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