|
2008-02-25 Mon 20:47
金曜深夜にFMラジオ局・J-WAVEで放送しているロケットマンことふかわりょうさんがパーソナリティーを務める「ROCKETMAN SHOW」(ロケットマンショー)。金曜の夜、眠りに就くまでは大体この番組をUSEN経由で流しています。
「グダグダトーク」と称されるふかわさんの強気と弱気が入り混じる語り口。亀田製菓の「ハッピーターン」、越後製菓の「ふんわり名人チーズもち」といったお菓子にまつわる話やソフトバンク、ポッキー等のCM批評から環境問題や世界平和まで“無駄な哲学”(ふかわさんは同名の著書を出している)を武器に真剣勝負で立ち向かってゆかれます。 太田さんが、「爆笑問題のニッポンの教養」でこんなことを仰っていました。
面白さと本質と太田さんが仰る所の“つまらなさ”、すべてひっくるめて一つのショーに仕上げようと奮闘する番組。 そんなロケットマンショーが100回目の放送を迎え、過去にも2回行われている「かぶっちゃだめよゲーム」が100回記念として盛大に開催されました。 ――かぶる、それは過ち。かぶる、それは罪。かぶる、それは敗北。かぶった者は切り捨てられ、かぶらない者が生き残る。かぶった者は世界に埋もれ、かぶらない者が世界を変える。生き残りをかけた熱き戦いが、今夜全世界で繰り広げられる。―― このゲームは、事前にリスナーに「0」から「100」までの数字の内どれか一つを選んでメールで送ってもらいます。自分の選んだ数字が、もし誰ともかぶらなかった場合、賞品ゲットというとってもシンプルかつ巧妙なゲームです。これが思いの外盛り上がるんです。まず、誰でも手軽に参加できる事が大きく、時間経過と共に一つずつ潰されていく数字に一喜一憂し心臓の鼓動が高鳴ります。 誰にも公平なチャンスが与えられ、100個も数字があれば殆どかぶることはないだろうという錯覚が、賞品獲得への期待を無駄に大きくし、ゲームに入り込むことが出来ます。応募して結果を待つだけの受動的な抽選ではなくて、自分で結果を引き寄せられる可能性を秘めた能動的なゲーム。 このゲームがあることをすっかり忘れていて、放送当日の夜9時に思い出し、慌てて僕もメールを書き始めました。 運命を託す数字を決めるにあたり、以前もどの番号なら目立たないだろうか?とか、ぞろ目やラッキー7は敢えてみんな避けるのではないだろうか?とか思考を色々巡らし逡巡し応募しましたが、いずれも駄目だったので、今回は自分の意識の介入しない方法で番号を決めることにしました。そこで部屋の中を数字を求めて見回してみると、テレビに付いているデジタル時計が、「21:23」と表示しています。 じゃあ、この二つの数字を足して「44」で行こうかな、いや、でもぞろ目になってしまったなぁ、ちょっと危険かな、と思案しているとデジタル時計は、「21:24」と変わってしまいました。 僕の中で「44」か「45」、どちらにしようか散々迷った挙句、敢えてぞろ目の「44」で行こうと決定。 100回放送のお祝いメッセージと共にその番号を送信しました。 午前0時30分からの放送はちょっと用事があって聴けなかったので録音。 聴き始めることが出来たのは、1時過ぎでした。ふかわさんが、次々とお祝いメッセージと共にリスナーが選んだ一つの数字を読み上げていきます。 「17番に飛び込んだー!!」 「かぶってなくてよかったね♪」(効果音) いつ奪われるとも分からない一時的な数字という名の座を射止めたリスナー。 「67番に飛び込んだー!!」 「かぶってやんの〜〜。かぶってやんの〜。アウト〜!!」(効果音) 番組に対する熱いメッセージを綴ってきた奇特なリスナーも、無情にゲームの舞台から去ってゆきます。 100分の1の確率とはいえ、いつ自分の番号が出てしまうか、緊張は高まります。傾向としては、90番台や、10番台、1ケタ台、が多く目立ちます。みんな何周も答えのない問いについて迷い考え導き出された解答が、発表されていきます。 心臓はドキドキして眠気も吹っ飛び、暫く聴き続けました。すると1時間位経った頃に、あるリスナーが、「彼女の誕生日なので、この数字にしました。」というメッセージと共に「44」の数字が!!遂に出てしまいました。 そんな〜。彼女の誕生日とかぶるとは・・・。そんな偶然が・・・。 ここで根拠の無い自信と希望は誰にも気付かれないうちに絶たれ、意気消沈した僕に、急に眠気が襲ってきました。 あと気になる事は、「45」という番号。迷った末に選ばなかった「45」。もし、この番号を選んでいたら僕はどいう運命を辿っていたのか小っさな未練から結末が気になり、録音ボタンを押して、夢の中に堕ちました。 次の日、昨日録音しておいた0時半の番組冒頭部分からMDを再生させました。 すると、そこではこのゲームの賞品発表が行われていました。そう、僕は何が貰えるのかも知らずにゲームに参加していたのです。そこで予想だにしなかった賞品が飛び出しました。 ゲームの勝者に贈呈されるのは、、 「ロケットマンショー番組見学券」 実際に生放送をやっている六本木ヒルズ33階のJ-WAVEスタジオ。ふかわさんが喋っているブースの中に入って、インターネット放送もしているので全世界に向けて発信している番組の現場を目の当たりに出来るというもの。 普通のリスナーなら飛び上がって喜ぶ所なのでしょうが、僕はそうではありませんでした。 えっえっ、そんな、もし当たっても困ります。そんな度胸ありません。こちらは地方で時間的に難しいですし、東京なんてハイカラな所にある流行の最先端を突っ走るお洒落なJ-WAVEになんてこんな僕が足を運べるわけありません。しかも、他のリスナーの方を差し置いてスタジオに詣でることが出来るような熱心なリスナーではありませんし。 ・・・なんて、もう既にゲームに負けているにもかかわらず、心の中で意味の無い言い訳をしていました。(笑) それから、録音音源は、僕が昨日眠ってしまって以降の番組終盤へ。暫く番号にまつわる悲喜こもごもが展開された後、放送終了時刻が迫り、いよいよゲームのクライマックス。 すべてのデータが集計され最終結果がふかわさんの手元に届き、発表されます。 「第3回・『放送100回記念かぶっちゃだめよゲーム』最終結果ですね。なんとですね、過去最多の参加者だと思うんですけれども、、、かぶってない人、、3名!!」 通常は、全くかぶらなかった幸運なリスナーが10名程度現れるのに対し、今回は応募人数が多かったこともあり、勝利の女神が微笑んだ人は、たったの3人。 この3人が選んだ番号は、「46番、70番、94番」 そして、一番メールのあった番号は、「61」で15人。この「61」という番号、第1回の「かぶっちゃだめよゲーム」でも一番多く選ばれた番号で、その時は17人もかぶったといいます。ふかわさんは、この数字に取り憑いた不思議な力について考察し、PHP出版で本を書きたいと仰っていました。(笑) で、結局誰も選ばなかった、一人も送ってこなかった空席の番号も付け加えて発表されました。 「皆さん、この番号で迷いませんでしたか? 45番、57番、85番」 なんと「45番」が空席だったのです!! 今回のゲームは、ちょっとした運試し程度の気持ちで参加したのですが、「45」を選ばずにゲームに負けた自分は、結局運が良かったという結末になったのです。 だって、もし「45」で見事番組見学の招待券をゲットし、それを辞退ようものなら、ふかわさんをはじめとする番組を支えておられるスタッフの皆様の“リスナーをもてなしたい、喜ばせたい”という優しさを含んだ有り難い気持ち、そして、儚くも散ってゆかれたリスナーの悔しい気持ちを踏みにじる事に成りかねなかったからです。 何百何千といるリスナーの中から選ばれたたった4人の内、一人が辞退したとなればこれは目立つでしょうし、場をシラケさせること請け合いです。 数字の「44」と「45」の間で揺れ動き、間違って東京行きのチケット「45」を掴みかけた事実を抱える僕の心は、いつも想像しているだけの東京の夜景が一望できる六本木ヒルズにあるラジオブースに自然と飛んでいきました。そして、ハズレてよかったという安堵感と、寒さの緩んだこの日に春霞のような淡い夢を見ることが出来たフワフワした気持ちに包まれ、目頭がじんわりと温かくなりました。 ここまで読んで下さって有難う御座いました。長々とスミマセン。^^; |
|
2008-02-20 Wed 22:13
ラジオ番組でトークの流れから三谷幸喜さんが、小学校の校歌をスラスラ歌っていた。今でもしっかり覚えていらっしゃって驚く。よく小さい頃の話を覚えていてオチまでつけて語ることが出来る人がいるが、それだけでも凄いのに更に自伝的小説まで出す人も。僕からするとこれは殆ど神業に近い芸当だ。長期記憶に問題があるのか(^^;)、僕はほとんど忘れてしまっている。
![]() もしも子供の頃から写真が今のように身近なものだったなら どれだけ何気ないひとコマを写真に撮っただろう そして、その写真を見てどれだけ埋もれた記憶のカケラを拾い集められるだろう P.S 上記の“何気ないひとコマ”でイメージしたのが、NOMさんが「Plus RELAX photograph blog」で紹介されている写真の数々。 計算され尽くした構図と鋭い感性で搾り取られた時の雫。思考を尽くされた写真の筈なのに、これまで日々の雑念の合間にふと目に留まった日常の光景から受け取っていたハッキリとは掴めない淡い匂いと同じものを感じてしまう。時間の狭間に住む番人が気を抜いた時に現れる場の静寂。時間の風が止み凪が訪れる。そこに立ち昇る枯淡の香り。心の深層にある泉に水滴が一滴ピタンと落ちる。そして、無に寄り添った感性の波紋が音もなくゆらゆら広がる。それらは気付くこともなく遣り過ごしてしまうかもしれない微かなもの。 しかし、本当はその目に映る日常の何でもない一瞬の光景にこそ人生の深い余韻が凝縮されている気がする。時の流れを止めた写真にはそれが鮮明に描き出される。魂の存在と周囲の景色、対人模様が今の状態を維持して此処にある奇跡と煌き。“普通”の中に潜む神秘。それを認めた時の感情の発露と安らぎ。一瞬の“生”の息吹が吹き抜ける。 後から思い返す時、過ぎ去った日々がもし、所詮“邯鄲の夢”であり、幻想のようなものだったとしたら、体験というはっきりした本体よりも、その周りに漂う陽炎(かげろう)のような目に見えない“ゆらゆら”した部分に大事なエッセンスが隠されているようにさえ思えてくる。それはいつまでも消えずに残り続けてゆくのかも。 誰も居ない駅のホーム。昼下がりの光が差し込む廊下。夜、家庭の明かりがこぼれる夏の路地。いつもそんな傍らに“ゆらゆら”は存在している。仄かに伝わってくるからこそ心に沁みる“ゆらゆら”を捉えた写真に僕は捕らえられる。 【BGM】 B'z:「恋じゃなくなる日」 自分でも何書いてんだかと思いますが、FC2からの“ブログ1ヶ月放置の刑”を逃れるために取り合えずアップ。^^; |
|
2008-02-01 Fri 19:39
宇多田ヒカルさんのニューシングル・「HEART STATION」【2月20日(水)Release】のブログパーツが公開されていました。前々回、前回、そして今回のリリースと徐々にブログパーツで再生される曲の長さが短くなっていっているのがちょっと悲しい傾向ですが、取り合えず今回も有り難く貼らせて頂きます!!
追記(2/4):登録している“宇多田ヒカル情報”メールで本日、ブログパーツ上での「HEART STATION」PVフル公開の一報が!「Flavor Of Life」の時に実施されたようなフル公開はもう無いと思っていたので、ちょっと感動すら覚えました。宇多田ヒカル陣営、ファンの期待に応えてくれますね。^^このプロモーション方法が成功することを祈っております。ということで“レコード会社直営♪TVCM”映像の「PON PON Kumachan」VersionからPVフルバージョンに差し替えました。↓ ブログパーツが出たということは、USENでも既にリクエスト受付開始しているただろうと思って、早速電話。 “宇多田ヒカルの「ヒート・ステーション」をお願いします。” “・・・・新曲ですか?「ハート・ステーション」ならご用意が御座いますが。” “アッ!!そっそれでお願いします。(汗)” と、“heart”と“heat”を間違えるという馬鹿丸出しのリクエストをしてしまいました。^^; CDのジャケットを見て、てっきりあの空をバックに赤く光っているのは“Gas station”の道沿いに立つよくある看板と同等のもので、冬だから暖を取る為にみんなが立ち寄る憩いの場という意味を含んだ「ヒート・ステーション」かぁと早合点してしまった、と自分の中で言い訳したところで中学英語を間違えたことには変わりがない訳で・・・。 ![]() 恋人と心を通じ合わせる事をラジオの電波の送受信に置き換えた歌詞によって、タイトル「HEART STATION」の“STATION”がラジオ局だと分かり、いつもラジオを聴いている身としてこの曲を気に入らない訳がないといった感じです。 太陽が沈み夜になると、昼間は届いて来なかった電波も上空100km付近にある電離層に反射して地上に降り注いでくる。遠くの放送局の番組、聴いたこともない言語のラジオ放送などが聞こえてくると、その中に一つくらい未確認放送局による秘密の放送があって、何かのタイミングでそこにチューニングが合ってしまってもおかしくないと思えてきたり。 一旦ダイヤルが狂うと、もう受信が困難になるような奇跡の確率で出会える「HEART STATION」。誰にでも基本的にはキャッチ可能な電波だけど其処を探し当てられる人は限られている「HEART STATION」。 想いを伝え続けるパーソナリティと一対一の関係が成立する“ラジオ”が、深夜1時、ホッと出来る特別な空間を創り出す。そして聴覚だけの刺激が、遠く山河を超えて2つの場所が繋がっている感覚をより一層強くする。一人だけど孤独じゃない。。などと歌を聴きながら考えを巡らせました。 電子的なサウンドと宇多田さんの夜空を伝播していく電波のような声質でイメージしたのは、映画「2046」(監督:ウォン・カーウァイ)に於いて、1960年代の香港に生きる“記者から転身した物書き・チャウ”が小説によって描き出した近未来の世界観でした。
その列車の不確定な空間移動が、“消えかかる愛”を求め何処に辿り着くか確証もなく発信し続ける“心の電波”のようであり、偶然性と宇宙的広がり・抜けの良さを感じさせました。 また映画では、ネオン管が放つような光に満ちた近未来の映像表現によって、局所的には確かに科学技術が進化を遂げているが、他の部分はむしろ後退しているのではないかと思える無機質な世界が展開しています。そこには、【過去(1960年代)に空想された近未来】を思わせるレトロ感が漂っていて、「HEART STATION」にも同じような匂いを受け取りました。時間・時代的奥行きを伴って。 曲の雰囲気は、近未来的でありながら、歌の中での意思伝達手段が、テレビ電話や電子メールといった近代的なものではなく、昔から慣れ親しまれたラジオという原始的(前述のものと比べて)な交信だったからかもしれません。お互いの距離が離れ過ぎてしまったり、障害物があれば電波が弱くなり、混信し雑音が入る、そんな極めて不確実な手段。だからこそ逆に受信した時の嬉しさは大きく、何処か人間的温か味があり、電波に気持ちを乗せて届けたいという柔らかくて体温を持った想いがストレートに伝わってきます。 「HEART STATION」は、恋人達の「HEAT STATION」。 宇多田さんは、ラジオをよく聴く人なのだろうか・・・。
P.S 歌詞の中、「罪人たちのHEART STATION」の“罪人”がずっと引っかかっていました。最初は、お互いまだ好きなのに何かの理由で遠距離になり、別れる運命にある2人の話かなと思っていましたが、“罪人”から不倫の恋なのかなと。(今更・・・、鈍いですね。^^;でも違ってるかも。) 2人は、人目を忍びながら直接ではなく、“HEART STATION”の相手に届くかどうかも分からない秘密のヘルツを介してのみ繋がることを許される。だからこそ不純なものが削ぎ落とされ透明度の高い想いが募る、ささやかで儚い恋。それが一方通行のラジオの特性と重なり、より切ない歌に感じられました。 そうやって聴くと、 “罪人たちのHEART STATION” “神様だけが知っている 秘密” “罪人たち”を“神様”が温かく見守っているという構図が胸にグッと来ました。“好き”という純粋な感情は、誰にも裁けないこの世で一番美しいもののように思えてきます。宇多田さんの感性が光っている気がします。 ■HEART STATION SPECIAL SITE ■レコード会社直営♪サイト/宇多田ヒカル・インタビュー ■「HEART STATION」 歌詞 (Uta-Net内) ■「Stay Gold」 歌詞 (Uta-Net内)
なんか色々すみませんっ。m(__)m |
|
| アドリア海の4.A.M. |
|




