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2008-01-21 Mon 23:48
今頃になって、年末に録画していた「大停電の夜に」(2005/日)を見ました。見始めてからクリスマスの夜の話だと知って、ちょっと失敗したな、、と思いながらも、ハードディスクの空き容量を増やすために最後まで。
サンタクロースが、東京上空に差し掛かる頃、人工衛星マニアの少年(本郷奏多)は、空を眺めていて屋上から飛び降りようとするモデルの女性(香椎由宇)を見つける。病床の父親は息子(田口トモロヲ)に、母親が生きていることを告げ、その息子は不倫相手(井川遥)に別れを告げた。ジャズバーのマスター(豊川悦司)は、昔の恋人にもう一度会いたいと電話をかけ、そのジャズバーの向かいのロウソク屋さん(田畑智子)は、「あなたに素敵なことがありますように。」とみんなの幸せを願う。 そんな夜に起きた大停電。 それぞれの登場人物はみんな、心に引っかかるものを抱いて一歩踏み出せずに居た。 世紀の終わり、人生の終わり、年の終わり、クリスマスシーズンの終わり。なんでも終わりというものは、人を開放的・解放的な気持ちにさせるのかもしれない。そして抱えている重い荷物を降ろし、身軽になりたくなる。鎧を脱いで本当の姿になりたくなる。旅も似たようなもので、先のことをあれこれ思案しなくて済む”終わり”の連続だから、全く着飾らずに他人でも話しかけることが出来る。 クリスマスが迫った最後の夜と世界の終焉を連想させる緊急事態の暗闇が、彼らに新たな出会いと過去の繋がりを引き寄せ、自然と結び付ける。そして、彼らは隣に居る人に対して正直な心の内を言葉に出すことによって開放してゆく。 同じ時刻に展開されるそれぞれのストーリーは、派手さが無く無色透明なのだが、その中で仄かに浮かび上がってきたのが、今まで誰にも言えずに抱えてきたものを人に聞いて貰った時に味わうような楽になれた感覚だとか救われた感覚だった。あんなに悩んでいたのに人に話したら、そんなに大したことじゃなかったと思えてきて、また歩いていける力が湧いてくる、といった心の動きを疑似体験した気がした。 そして顔の表情が少し緩んだ彼らを、ジャズの音色(菊地成孔氏が音楽を担当)とロウソクの明かりと星空がやさしく包む、そんな映画。 クリスマスの夜が明ければ、またいつもの日常が始まる。しかし、ちょっと心が軽くなり、ちょっと変われた新たな自分でスタートを切る。 小さな終わりと、小さな始まりを常に自分の中で設定し過ごしていると、人生に眩しく映る彩光が増し少し楽しくなるのかもしれません。 P.S こんな時期にクリスマスの話って、どうなんですかね。(^^;)
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2008-01-19 Sat 23:25
![]() 昨日、郵便配達のバイクの横に、まだ「年賀はがき、販売中!!」の文字が。もう18日にもなれば、すっかりお正月気分も抜け、逆に”年賀”の響きが新鮮でした。 てっきり局員さんが販売促進の張り紙を剥がし忘れていたのだと思っていたら、今年は、昨年の2倍である4億枚以上の年賀はがきが売れ残っているらしく、そのために例年より10日ほど販売時期を延ばし、18日までにしたとのこと。 僕が見たのは、今年最後となるお正月の残り香だったのかもしれません。 色々問題が表面化した今年の年賀はがき。問題の発端が”品質を維持出来なかったから”となっていましたが、もし古紙配合率が規定の40%だったらどの位の品質になるのかちょっと知りたくなりました。少々品質が落ちても世間は受け入れる気がする今日この頃です。 |
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2008-01-15 Tue 19:31
「薔薇のない部屋」、、じゃなくて「薔薇のない花屋」の初回を見終わって、このドラマには何処か懐かしさを覚えました。
一昔前のドラマの中にあったテイスト、、と感じるのは、野島伸司さんにかなりのキャリアがあり”ひとつ屋根の下”など観たりして、その頃の作品から変わらぬ野島ワールドが展開されていたから。(これまで野島さんの書かれた脚本と意識して見たことは無かったのでイメージの域を出ませんが。)今回思ったのは、全体的に抑えた感じの演出と雰囲気なのに暗くならずに、どこか希望の光が上から射しているような温かさがある、ということでした。 もう一つ懐かしさを感じた理由として、最近のドラマのトレンドがまず原作ありきで手堅く視聴率を確保しようとする動きの中、「薔薇のない花屋」は、ドラマのために書き下ろされた作品という印象が良い意味で強く伝わってきたことがあるのかもしれません。ああ、、以前のドラマはこんな感じだったと逆に新鮮な気持ちにさせられました。 例えば、1話の中で何度も意表を突く大胆な展開があったり、謎を提起したり、なんとか視聴者をテレビの前から離さないように、そして来週に繋げるように意図した痕跡が見られるというのは、いかようにも話を自由に動かせる"書き下ろし"ならではの事だと思います。この先どうなるか全く読めないというのは、"ミステリアスな深み"と"ワクワク感"をもたらしてくれますよね。 いつだったか香取さんの主演されたドラマを初めて見て、内容が原因だったのかPOPでカラフルな"香取慎吾"という彼自身のキャラクターが強すぎ、役の表面にもその色が滲み出ていて、それ以上内面に入っていけないという印象を勝手に持って以来、「新選組!」以外香取さんのドラマを避けてきたのが正直な所で、今回は、第1回目だからということで取り合えず"ながら視聴"をしていました。しかし、若い頃の香取さんの演技で止まっている記憶(時代劇を除く)は払拭され、全くあの頃の違和感はなくドラマの中に入り込む事ができました。 竹内結子さんが演じる白戸美桜が、「あなたは・・寂しそうな目をしているのね、きっと。」と問い掛けた汐見英治(香取慎吾)の目には確かに寂しさがありました。 香取さんの気の優しい感じが、野島さんの作風には良く合うのかも。 (偉そうにすみません。m(__)m) なぜ雫が黄色い頭巾を被っていたのか?、チロルって何だったのか?、いつの間に工藤(松田翔太)は、汐見英治と家に上がる仲になったのか?とか、えっ白戸は本当は目が見えるの?とか、きちんと観ていなくいっぱい見逃してしまったので、来週からはテレビの前でしっかり集中して楽しみたいと思います。 P.S 現実と史実に裏打ちされた空想が絶妙に交錯する最高のエンターテイナー・万城目学さんの著書『鹿男あをによし』がついにドラマ化されるということで、今から待ち遠しくて仕方ありません。しかもキャスティングされた役者陣も好きな人達ばかり。自然と期待も高まります。 本の帯にあった言葉。 「壮大な構想、綿密な構成、躍動するディテール、ちりばめられたユーモア・・・・・。」 悠久の時の流れや積み重ねが醸し出す奥行きある世界観を如何にして映像化して見せてくれるのか、そして奈良というロケーションの魅力を如何に生かしてくれるのか、に注目してます!! ■フジテレビ・『鹿男あをによし』公式サイト ■過去記事・【『鹿男あをによし』と『鴨川ホルモー』と直木賞】 (このブログ内) |
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2008-01-12 Sat 21:15
「The Velvet Underground」/「Pale Blue Eyes」(1969) 【1月12日 AM2:11】 あるブログでは、北海道に住む女性が、”吹雪いて視界が悪く・・・、気温は−10℃”と書き込んだ。付けているラジオからは、依然混乱の続くイラクの首都・バグダッドで100年ぶりに”希望のしるし”と願いを込められた雪が降り、一方沖縄地方は5月上旬並の汗ばむ陽気となり石垣島で最高気温26℃を超え、1月に入り54年ぶりに5日連続で夏日を記録、、、と伝えられた。 外は朝からの雨が今も降り続き、比較的大きな雨粒が屋根や地面にぶつかり”ザー”という音を立て、水不足気味だったこの地に不気味な暗闇を作り出す。 鼻の奥を刺激する90%の湿度を持った粘度の高い空気が部屋にまで侵食し、1月の平均気温が6.6℃であるのに対し、深夜だというのに13℃まで気温を上昇させていた。 今は1月。しかし僕はどうしても今、春の長雨の中に身を置いているという錯覚を拭い切れない。ここが日本であるという確証を失いそうになる違和感と異国情緒を覚えながら。 体は、無意識に寒さを探しているのに不意にもたらされた生ぬるい温かさを受け入れているこの状況と重なって、いつかの春先に訪れたベトナムに充満していた心地よい気だるさを思い出す。その時も空は厚い雲に覆われ、しとしとと雨が降り続いていた。舗装されていない水溜りだらけの道。そこをシクロに乗って走り、流れる景色を眺めた。深い霧に霞んだ何処までも続く田園風景。”すげ”で出来たベトナム笠と黒い水牛。幻想的であり、まるでそこだけ時代の歩が止まったエアポケットに入ってしまったような孤独な空間。自分は其処に居るのに存在を許されない異空間。 そして、無限に降り続くのかと思わせる雨が上から僕に覆いかぶさり、見知らぬ遠い地にいる不安と相まって退廃的気分にさせる。すべてを放棄したくなる危険な香りと、もう此処から二度と抜け出せないのではないかと危惧させるほどに惹きつける風土の魔力が漂う。 日本の真冬を否定した空気の緩んだ気だるい夜に味わった何処か異常を予感させる居心地の悪さと不安定感、反対に破滅を裏に秘め湿った雨音と停滞したアジアの匂いにこの身をすべて沈めたくなるような現実感の無い夢見心地。その両面入り混じった感覚は、あの時ベトナムで感じたものと似ていた。 誰かが、この国は亜熱帯気候に向かっていると言っていた。本当にそんな未来を覗き見てしまった気がした2008年初頭、地球の曲がり角。 P.S YouTubeの動画は、映画・『接続 ザ・コンタクト』(1997/韓国)にて、傘を持たず雨に濡れた男女が美しく映し出され、その後ろで流れていた(←記憶がかなりあやふや)「The Velvet Underground」の「Pale Blue Eyes」です。雨が降り続くとこの曲を無性に聴きたくなります。 ■”Pale Blue Eyes” Lyrics/歌詞 (LetsSingIt.com内) |
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2008-01-06 Sun 23:53
![]() 新年のご挨拶がかなり遅れてしまいましたが、明けましておめでとう御座います。今年、みなさんにとって良い一年でありますように。 (画像は妹に頼まれて集めてきた年賀状テンプレートから一枚。十二支に入れて貰えなかった猫が、ねずみを押しのけて中央にお座りに!?) 年末年始は、ゴールデンタイムはもちろん深夜に放送されている映画でも過去に話題となったものや質の高い作品が実は目白押しだったということに今年初めて気が付き、見逃すともったいない気がして(←貧乏性)、録画も含め結構チェックしました。 あまりに短期間に数を見たために、内容が記憶の中でごちゃごちゃになっていたりしてるのは問題ですが。^^;特に、「手紙」と「半落ち」。「バタフライ・エフェクト」、「フェイク」を続けて観た時には、ドニー、ソニー、トニー、レニー、トミーと似たような名前が沢山出てきてちょっと混乱。 ってこんな話はどうでもいいんですが、新しい年も明け、もう少しでこのブログもスタートしてから1年になるのでその前に、これまで遊びに来てくださった方、コメントを寄せてくださった方、拍手ボタンをポチッと押してくださった方に感謝の気持ちを伝えなければと更新しました。 旧年中は、本当に有難う御座いました。 ”今年も宜しくお願いします。”と言えるようなブログではないのですが、なんとか継続していけたらと思っております。とは言っても、もう少しで1ヶ月更新しないと出現するという例の広告が表示されるところでしたが。(汗) あれって僕の中でのイメージですが、放置されていると言う意味を含めて”雑草に覆われ荒れた田んぼ”のような悲哀を醸し出す力があるような気がします。^^ 草々 P.S 以前、ある方に教えて頂いたブログにて連載中のインド・ネパール紀行が、あまりにも素晴らしく心を捕らえて離さない年明けでもありました。筆者と共にこの地球上に存在するもう一つの新年を体感した気分です。それは同時代でありながら不思議な遊離感、そして現実と非現実が表裏一体でくるくる回る霞がかった神秘性を伴って僕の心の中にスーッと神聖で澄んだ空気を送り込んでくれました。もう記憶が曖昧になっているインドやネパールの風景・息遣いを在り在りと蘇えらせながら。 うるまさんのブログと繋げてくださった方に敬意と感謝を表しつつ、ご紹介させて下さい。 ■「写真家 竹沢うるまの世界の海を巡るブログ!! 」 |
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| アドリア海の4.A.M. |
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