|
2007-11-25 Sun 18:30
僕は、アクセス解析を付けているくせに解析結果を見るのがあんまり好きじゃないんですね。でも本当に時々誘惑に負けて見てしまうんです。するとここに来てくれている方のほとんどが検索エンジンからで、その検索されたキーワードっていうのも大体決まっていて、「本谷有希子 トップランナー」 「月イチゴロー」 「秒速5センチメートル 壁紙」 の3つ。この言葉を記事のタイトルにしているのが原因なのか無駄に検索結果上位にこのブログが表示されているようなんです。 特に「本谷有希子 トップランナー」をキーワードとして検索して来て下さる方が多いのですが、僕が"トップランナー・『本谷有希子』"と題した記事で書いていることを今改めて読んでみると、なんとも本谷さんに対して失礼千万。何も知らないのに偉そうなことを書いてるんです。^^; たぶん「本谷有希子 トップランナー」と検索された方は、その回の放送がどんな内容だったかを知りたくて来られるんだと思うんです。そこで訳の分からないことを書いた記事が出てきたらガッカリしてブラウザの"戻る"ボタンを押されたことでしょう。 それではあまりにも申し訳ないので、本谷有希子さんがNHK・トップランナーに登場した2007年5月12日の回の内容を書き起こしてみました。 昨日、何時間も本谷さんの言葉をキーパンチしていたのでこの文章も微妙にもっちん(本谷さんの愛称)風になってたりして。^^ ■プロフィール 7年前、二十歳で立ち上げた劇団の名前が「劇団、本谷有希子」。本名を表看板に作・演出を手掛ける本谷さんは、次の演劇界の担い手として高く評価されています。今年1月には「遭難、」で鶴屋南北戯曲賞を受賞。生徒を自殺未遂に追い込んでしまった教師のエゴと葛藤を生々しく描きました。 一方本谷さんは小説の世界でも才能を発揮。6冊目に当たる「生きてるだけで、愛。」は、去年の芥川賞候補。そして今年の三島賞候補にも選ばれました。 現在27歳。演劇界、文学界双方から熱い注目を集める若き才能に迫る。 ―劇団名にどうして自分の名前を? まず劇団ひとりさんからはパクッてないっていうことだけは最初に言っておきたいんですけど。(笑)絶対パクッてないです。でも向こうの方が早いみたいなんです。私は劇団さんが私のことをパクッたんだとずっと思っていたんですけど。どうやら調べてみたら向こうの方が早かったんですけど。。 私が自分の名前をつけたのはですね、十九か二十歳の時に立ち上げて劇団名が要るだろうとなったんですけど、自分のセンスを信用してなくって、きっと今いいと思っていてもいずれどうせセンスとか変わるだろうと思ったので、ダサいことにしたくないなぁと思って、親からもらった名前をつけました。普遍という意味で。自分で考えた集団名を人に劇団〜〜ですというのが恥ずかしかったんですよ。センスが問われるじゃないですか。そういう劇団名をつけるんだぁ、君は・・・って思われるのが凄い勝負だと思って。 ―今考えてみてこの劇団名はどうですか? いや〜、カッコいいんじゃないですか。チョ〜カッコいいと思います。(笑) ―劇団員は一人なんですね。 そうですね。作・演出を自分がやっていて、役者は全部客演で呼んでやって貰っています。 ―どうしてお一人でということになっているのですか? 劇団員になって下さいというのと結婚して下さいっていうのは私の中で同じ恥ずかしさがあって、断られたらチョー傷つく、私。。と思って、「嫌です、劇団本谷に入りたくありません。」っていう答えを聞きたくないが為に誰も誘わなかった。 ■「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」 この作品は、舞台、小説、そして映画としても公開される本谷さんの代表作です。 主人公は女優を目指す澄伽という女性。自分の才能は唯一無二のものだと思い込んでいます。妹に当り散らす澄伽。自分が女優として芽が出ないのは、すべて家族や社会の責任だというのです。 ―主人公の澄伽さん。どうしてこんな無茶苦茶な人を主人公にしてしまったのですか? 性格の悪い人を書くのが凄い好きで、性格の悪い人の方が書いていて面白いんですね。性格がいい人は人の事をちゃんと考えたりして動くからとてもいいお話になるかもしれないんだけど。難しいんですけどね、主人公をお客さんとか観客とか読者に嫌われるくらい嫌な性格に描いてしまうって結構怖いんですよ。自分でも。やっぱり主人公が愛されないと皆さんお芝居を2時間観る中で興味が離れちゃうんじゃないかとかあるから、割と好感度とか大事にするんですけど、主人公の。でもやっぱり私がお客さんで観てたら性格悪い人の話のほうが絶対見たいと思って。で、自意識過剰とか、まっそれはそれで一個のキャラクターだけど大体性格悪いですね。 ―澄伽の行動の中で、書きながらこれは酷いなと思うことは? 妹を凄い奴隷のように扱うお姉さんなんですけど、あそこまでではないんですけど私も6個下の妹がいて、その時やっぱり無意識に妹は私がこき使ってもいいんだと思っていて、もちろん言葉にはしてないんだけど今振り返ってみると、「ハサミ取って来いよ」とか理由はないんだけど「妹だもん」と思ってハサミ取って来さしたりしてたから、それがやっぱりエスカレートさせていくと「私の為にあなた居るんでしょ」っていう意識をお姉ちゃんが妹に持っていたら面白いかなぁと思って。 ―このストーリーのエッセンス的な部分は自分と重なる所がありますか? 要所要所は重なるんですけど、あれが私と思われたらもう誰も私としゃべってくれなくなるから・・・。チョー怖い人ですよ。(笑) ―日頃からつぶさに人のことを観察してますか? 私ほど人を見ない人はいないらしいんですよ。私、ホントに何も見ていなくって人のことを。だから金髪の人が黒くなっていても知らないし。だから「ホントに本谷さんは他人に興味が無いんだね。」って言われる。 書く時モデルを作っていないですから。今まで出した中で。誰か実在の人物をモデルにしてるというよりは凄い一個の意識みたいなものを、例えば自己愛が凄い強いっていうのを人格化させてみたりとか。だから過剰なキャラクターになるし、あんまり実在の人物をモデルにしていないからリアルではないし。 ―脚本だったり小説だったり物語を考える時、共通してノートを使うと聞きましたが。 パソコンに行く前の構想とネタと、割とパソコンに打ち込むのを我慢して我慢してやってます。 "ノート段階"と"パソコン段階"って呼んでるんですけど、単純に。ノートの時は唯ひたすら話をどう動かして、何を書こうかとか、とか書いていって台詞というよりはもうちょっとプロットみたいなことを書いています。 ―このノートに名前があると聞きましたが。 "自問自答ノート"って言うんですって(人事みたいに)。自問自答しているですよね。本当に思考の切れ端を書いているから脈略とか無いんですよ。
とか書いてます。(笑) ―どうして自問自答するんですか? 明確になるんですね。その時自分が引っかかっているなとか、これ面白くないんじゃないかなとか全部明確にされて、それを問題点として挙げられるから、どうにかしなきゃと思ったりとか。 大体本当にこの展開以上に面白いものが本当に考えられないのかみたいに責め立てたり、が多い。 だから「どうやって話を作るんですか?」と言われた時の答えは、もうひたすら考える。本当に考えるだけだし、全然次から次へと思い付かないんですよ。ただ本当に本当に搾り出してずっとずっとずっとそれについて考え続けてなんとか出してくるみたいな、感じですね。 ■「生きてるだけで、愛。」 本谷さんが作品で大切にしているもの。それは主人公が放つリアルな台詞。時に生々しく時に切なく私たちの心を揺さぶります。 小説「生きてるだけで、愛。」 何をやっても上手くいかない主人公の女性が、そのもどかしさを彼氏・津奈木に投げつけた場面を朗読で紹介します。
―今朗読した部分は小説の中でもクライマックスですね。 このとき彼女は全裸なんですよ。屋上で雪降っていて全裸で今の台詞を言っていて。下手して純愛的なものや美しいものにしたくないっていう。それよりはもっと生々しいものみたいな、逃げられない生々しさみたいなものがあって。 大体こういう小説だって作品と距離を取って書くんですけど、このシーンだけはもう作品と距離をゼロにして超感情移入して書いて自分が泣けたらもうそれでいいって思って書いていたシーンです。 そこは私がグッと来る台詞じゃないと誰もグッと来ないし、私がグッと来てないんだったらその台詞無いほうがいいやと思ってひたすら自分にグッと来る台詞を書いていた感じですね。 書きながらちょっと泣いてました、これ。(笑)ここぞっていう時はそうするんです。台本でもここは本当に皆さんに伝わらなくてもいいから私に何かグッと来ることだけを目指すっていうのが小説でも舞台でも一箇所ある。それを自分に許しているんです。 ■「乱暴と待機」 戯曲「乱暴と待機」を朗読。
―この中でとりわけ大事にした言葉やフレーズは? 「面倒くさいのは嫌だな。」って男性に言われて「面倒くさいのは嫌でしょ。」って女子が言って、そしたら男性が、「面倒くさいの嫌でごめんな。面倒くさくても大丈夫って言ってやれなくてごめんな。」ここがいいんですよ。ここがね、凄くいい。(笑)なんだろうなぁ。グッと来る。。 ―これに似たようなことを言われたことは? 無いです。ナイナイ。もし言われたら相当切ないなと思って。一緒に居たいんだけど、でも凄く男性の素直な気持ちとして「面倒くさいのが嫌でごめんね。」って、「面倒くさいのが勝っちゃって一緒に居られなくてごめんね」って誠実に謝られたらグッと来る。なんかこう"面倒くさい"っていうのがやっぱりキーワードなんですね。で、それを男性に受け入れてもらえないとか。 ―「乱暴と待機」は、ハッピーなのかアンハッピーなのかどう考えていますか? ハッピーですね。大体私の書いている話はハッピーだと思っていて、ただ状況が幸せになって人がハッピーだっていってエンディングというよりは、状況は例えば最初と全く変わらないんだけど主人公の気持ちが変わることがハッピーというか、極端に言ったらもう本当にどう見ても不幸な人、不幸な環境に最後陥ったとしてもその人がハッピーだという気持ちを2時間の芝居の中で作っていくのを皆さんの前に見せていけば、状況とか関係なく気持ちがポジティブになっている時点でもう何か書いたでしょう、というのがあって。だから分かりやすく状況も心情も一緒にハッピーというものはあんまり書かないように。もうちょっと複雑にしてますね。見る人によったら不幸っていうくらいがちょうどいいかなと思って。 ■HISTORY 本谷有希子さんは、1979年7月14日、石川県白山市生まれ。美術館に勤める父、母、そして妹の4人家族です。小学生時代の愛読書は、江戸川乱歩。周りの友達とはちょっと違った女の子でした。 ―子供時代に一番楽しかった思い出は? なんだろうなぁ。。クラスのみんなの心を動かすとかそういう政治的なことに興味がありました。例えば、ブームを作るんですよ。めんこブームみたいなものが学校でばーって流行ってみんなドラゴンボールのめんこをバァーってやるんですけど、ブームを作ったのが私だったりとか。でもみんな分かってないんですよ、誰が火付け役となったか。で、段々それが盛り下がっていくのも誰が盛り下げたかみんな知らないんですよ。(笑)全部学校の時代性みたいなものを裏で糸を引いていた。 ―お楽しみ会とかでは大活躍? 小学校の時、肝試しをみんなでやっていて、ほらその時はみんなを操っていたから、肝試しをやろうって言って神社にみんなを集め、肝試しの格好をさせて、月のお化けをさせて。で、私はリーダーだからみんなを配置して演出をするじゃないですか。ここに来たらワッてやれみたいな。神社をグルって一周みんなを配置していくんですけど、私は一番おいしい所が欲しいから、でも格好悪くはなりたくないんですよ。みんなみたいにイェーとか(手を前に垂らして)、傘を持って一本足で唐傘だぁ〜とかそういうのはダサいから嫌なんですよ。(笑) 私は白い風呂敷を巻いてベルトでキュッて締めて、白いじゃないですか。雪女なんですよ。で、ワァーとかやるのが格好悪いから、ツンッてしてるんです。(笑) ―それは成功した? 知らない。(笑) ―熱い自分を見せたくない? はい、そうですね。両極端なものを自分の中にいくつも抱え込んでいて、中学でテニス部の部長をやっていて、高校になって演劇部に入ったんですけど。演劇部に入りたかったんだけど高校の思春期はやっぱりイケてるかイケてないかがもう死活問題というか、それだけじゃないですか、高校って。 ―そうですか?(笑) 高校生ってイケてるかイケてないかしか考えていないですよね。(笑) 演劇部は自分の中でイケてなかったんですよ。自分の中で少なくとも演劇部はイケてないっていうものだった。でも演劇部に入りたかった。で、どうしたらいいんだろうと思って凄い巧みに高校で一緒になった子を言葉で誘導して、その子が「演劇部に入りたいけど一人で行くの怖いから本谷付いてきてよ」みたいな風に巧みにやって、「え〜行きたくない行きたくない」って言いながら行って、「入りたくない入りたくない」って言いながら(入部届けを)書いて(笑)。事実だけその後「なんで本谷入ったの?」って言われたら「いや、友達の付き添いで行って入らされちゃった。」って言葉にした時完全にそうなるじゃないですか。その事実だけを作りたくて。だからその私を連れて行った子はまさか自分が誘導されて本谷を連れて行ったとは思っていないんですよ。入部説明とかツンッてしながら聞いてた。 ―どうして演劇部はイケてないと思っていたんですか? いや〜、今もですよね。今も思っていますけど。要するに人前で演技なんかしなくても生きていけるって思った時に凄く生きていけるのにわざわざ自分で演技を人前でしようとしてるっていう事が恥ずかしくて。 ―なのに演技をしたかった? 演技をしたかったのかなぁ。(笑) ―ややこしい子供ですね本当に。(笑) え〜、でも分かると思うの。だからなんかやる気が恥ずかしかったんですよ。やるぞ!とか熱意とか熱いみたいな感じがあったのにそれを表に出すのが本当にためらわれて凄く気を遣っていて。だから教室ではみんなといる時は「演劇部とか面白くないよ〜」とか言いながら放課後はコソコソ行って、で、実際はそっちの方が性に合うんですよ、私。で、凄い生き生きしてましたもん。ワァー楽しいなぁと思ってやってた。 結局、高校の3年間を演劇部で過ごした本谷さん。卒業後の進路を女優に絞ります。親の反対を押し切って上京。演劇の専門学校に進学しました。 ―専門学校生活はどうでしたか? 専門学校生活はキャラ作りに明け暮れた一年でした。 ―どんなキャラ? ヱヴァンゲリヲンの綾波レイを。(笑)パクリで。しかも観てないのに。なんとなくのイメージだけで。(笑)でも周りがみんな役者になりたいと思っている学校に入って、やっぱりこの人たちを出し抜いて自分が個性的でなければとか、特別でなければみたいなことを凄い本当に思っていて。 ―疲れませんか? 疲れます。ナメクジになる授業みたいなのがあって、みんなナメクジにならなきゃいけないんですけど、私、カッコいいから、カッコいいキャラだからあんまりナメクジとかには成れないわけですよ。で、ちょっとやっていたら、「そこのお前ー!!何だその半端なナメクジは!」って言われて、「一人で前に出てやりなさい!!」って言われて。(笑) ―どうするんですか? もう葛藤ですよ。チョー葛藤ですよ。だってもう築き上げてきたキャラが。。ね。でも許してくれないんだもん、やんないと。で、やった。(涙)やったけど、でもツンッてしてた。(笑)頑張って戦ったの。で、アッ役者出来ないやと思って。(笑)あっ恥ずかしいと思って。 これが本谷さんの新しい出発点となりました。女優としてではなくても好きな舞台の世界に関わりたい。そう思って始めたのが戯曲を書くことだったのです。 初めて書き上げた作品が「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」。仲間内で是非上演しようという話が盛り上がり2000年、劇団、本谷有希子を旗揚げ。二十歳の時でした。 ―初めての作品、どうやって書上げっていった? 見よう見まねで書きましたよ。最初6時間の台本を書いちゃったの。ギリシャ神話みたいな厚さの。で、実際役者に読んでもらったら6時間かかりましたって言われてドヒャーってなった。それを2時間に切ってやったものが旗揚げ公演の「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」。 ―二十歳で劇団を立ち上げやっていける自信はあった? そこでだから最初にやっぱり戦略は絶対必要だろうと思って、使えるコネは全部ここで遣い切ろうと思ってその知り合った偉い人たちにコメントを無理やり貰ってチラシに名前を載せてコメントをバァーって並べて。 ―どんな偉い方々? まず演劇の講師だった松尾スズキさん、で、ヱヴァンゲリヲンを作った庵野秀明さん、そしてコミックQっていう凄いサブカルっ子が大好きな漫画雑誌があってその編集長とか。でもそれは自分にちゃんとルールを科していて、一回目は本当に誰がやっているかも分かんないし得体が知れない劇団じゃないですか。だからホント卑怯な手だなと思いながら偉い人からコメントをもらうのはこれ一回だけにするって自分で決めて。でも一回目はもう卑怯でもいいと思って。 ―初回公演はどうだった? 散々ですよ。私は音響ブースから観ていたので、その時のみんなの冷ややかな反応はもう・・・。なんか下手に笑いとかをやろうとして演劇でね。それに対するみんなの冷たさったらないの。(笑)面白くねぇよみたいなのがすんごいあって、お客さんがどんどん引いていって。それが凄い分かったし、拍手とかも心がこもってなくてヒドーイと思って。 凄い凹みました。もう辞めようと思いました。高田馬場の道路でこんなんなって(うな垂れた格好)。千秋楽の日の後のショックが凄くて道路でうずくまってこんなんなってて。もうやだやだやだってなっていたのを凄い憶えています。なんでこんなに傷付けられなきゃいけないんだろうと思って。発表するってことは傷付けられるってことなんだぁと思って。発表しなければねぇ、誰もそんなやることにどうのこうの言って来たりしないんですけど。 ―よく続けようと思いましたね。 ホントだ。それこそ小説の澄伽じゃないけど見る目がない人がいっぱい観たんだと無理やり自分に言い聞かせてやってたりとかしてたのかぁ。うん。 しかし2回、3回と公演を重ねても評価は散々。どうしたら観客の心に届くのか迷い試す日々が続きます。 転機となったのが小説でした。以前に書いた小説が出版者の目に留まり新作を依頼されます。一旦戯曲から離れ小説を書くことで舞台を別の視点から見つめることが出来たのです。 ―やっていけると手応えを感じたのはいつ? 6回目、7回目の公演かな。石川県伍参市っていう自分の地元の方言を使った芝居を作った時があったんですけど、その時に小説も書き始めて。。。あっ、だから小説を書き始めてからです。小説を書き始めたことによって戯曲を書くこともなんとなく分かってきて演劇をやれるかもしれないと思いました。 ―両方をやることで相乗効果はある? ありますね。やっぱり内側からしかそのジャンルを知らないことと、違うジャンルをするから演劇というジャンルを外側から見れて取り組めるみたいな。小説ってあんまり嘘をついていけないんですよ私の場合。生活とか日常を出していって、その人を具体的になるべく本当にリアルな感じで立ち上げていくんだけど、芝居はもっと大胆に嘘ばっかりつきますよね。なんか別のジャンルをやってみたらまた違った角度で見れてとても良かった。私の場合は。人によるかもしれないけど。 ―石川県伍参市の作品が転機になった? その時は役者さんの力を凄い改めて感じて、演劇は役者さんの力が半分以上だっていう風に目が覚めた憶えがありますね。それまでは脚本・演出の力だけでいけるというか行こうと思っていて、あんまり役者さんを信じていなかったんですけど。その時初めてオーディションじゃなくて気になる役者さんを呼んで出て貰ったんですけど、その時に全然違うものを感じて。ああ、やっぱり舞台って役者さんの力が凄い大きいなぁと再確認して。それで次からは本当に大きい小屋じゃないと呼びたい役者さんが出てくれないからっていうので役者さんを呼びたいが為にちっちゃい所でやっていたんだけど円形劇場っていう凄い大きい所を取ったりだとか。そうしないと呼びたい役者さんが出てくれない。 本メインだったのがそこからちょっとだけ意識が変わりましたね。 ―初めて青山円形劇場でかけた作品は、「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」ですね。 はい、再演ですね。 ―一番初めの公演ではあんまりいい反応ではなかった作品ですよね。 見せ方、演出の仕方に少し自信がついたんだと思う。本当は処女作・旗揚げ作をいろいろボロクソに言われたけど、本当はいい作品だったのに力が無かったばっかりにちゃんと見せられなかったというのがあって。もう少しちゃんと大人の目線できちんと話を伝えられるかもしれないと思って、筋は全く一緒で台本を全部書き直してますけど。で、やったんですよ。だから見せ方さえ変えれば、あれはちゃんとみんなが面白いと言ってくれるはずだみたいな所があって。リベンジみたいなところもありましたね。 ―作品には自信があったけど最初に公演した時に無茶苦茶に言われたものをまたやる勇気が凄いですね。 凄いですね。(笑)でも結果凄い好評だったんですよ。 ―お客さんの拍手はどうでしたか? やっぱり拍手の温度が違うのが凄い分かるんですよね。冷めた時は冷めた拍手が来るし、本当にいいと思ってくれている時は本当にちゃんと熱をこめて拍手をしてくれて。手応えが上演中にあって、それでカーテンコールのダブル、2回出て来て下さいみたいな拍手が鳴り止まないとかも初めて体験して、あれはちょっと感動的でしたね。 ―最初の作品を発表された時、「外に向かって発表することは大変なことだ。」と思われていて7年経った今、作品を発表してきて良かったなと思うことは何ですか? 私、これ昨日か一昨日お皿を洗いながらアッて思ったんですけど、観客席にいる私をイメージして書くんだ、書くんだ、何故ならばそうしないと分からなくなるから。書きたいことを一個にしないと。と思っていたけど、私の作品を観たいと思って観てくれている人がいてその為に書くの?と思って。 なんか言いたい事分かります?(笑) 私の作品を観たいと思ってくれている人がいるんだぁと思ったことに凄い新鮮な反応が自分の中であって。ああ、その人たちが観たいと思っているから書くっていうのもいいなぁと思って。今まで自分自分だったの。他人のために作品を書く要素が多少入っていても全然そこはいいかぁと思って。 ―つい最近までは思わなかったことなんですか? 昨日まで。(笑)昨日お皿を洗っていてアッと思って。だから他人が観たいと思ってくれていて書くっていう感じで作品を書いていきたいなぁと思って。はい。 ―その人たちの前で熱くなってしまう自分がもしいたとしたら、それは格好悪いことでしょうか? いや、もう作品によります。作品によるっていうか作品だけの話かな。作品が面白かったら熱くてもいいし、作品がつまんなかったらクールでも格好悪いから。もうそれは自分の人格とか人間性じゃなくて本当にいいもの、いい作品を作れば自分がどうであるとかいうのは関係ない。どんなにいい人でもあんまりいい舞台を作ってない人になるくらいなら、全然熱くてもいいからいいものを作るという方が全然いいですね。うん。うん。 ■JAM(質問コーナー) Q.演出家の本谷さんにとって、いい役者と悪い役者の違いは何ですか? 舞台で嘘をつけない人は可哀相。可哀相っていうかもったいないと思いますね。例えば演出中に、「ちょっとここが後ろの人とかぶるから5歩くらいこっちに歩いて欲しいんですよ」って言った時に、「いや、ちょっと理由が無いから歩けません」とか言われるわけですよ。でも舞台って逆に言うと何でも嘘をついていい場所じゃないですか。で、現実でだってちょっとそこ5歩歩いて下さいって言われたら理由なく動けるのに、なんで現実よりもっと自分のことを不自由に舞台上でしちゃって動けないって言うのかなぁ。動けるよ、5歩は。。とか思ったりして。だから軽々となんでも飲み込んで嘘をボンボンついていける役者さんは凄いやり易いし、そういう人の方がやっぱり演技力も凄いあるし揺らがないから出来る、何でも。 本谷さんは今、来月から始る新作の稽古中です。大切にしているのは役者の声の響き。自分の内面を搾り出すようにして書き上げた作品が舞台の上でまた別の世界を見せてくれるのです。 ―待望の新作「ファイナルファンタジックスーパーノーフラット」はどんな内容ですか? これは同じ格好をさせられた複数の女たちが一つの場所に居るっていうのを書いていこうかなと思って。主演で高橋一生君が出るんですけど、その男の子が凄く思い入れている好きな女の子の格好をみんなさせられているんです。女の人たちはみんなと同じ格好をすることにどこか安心感を覚えて、個性個性と言われている時代ですけど没個性とかって凄く安心するかもと思ってそういう状況で話が進んでいって、そこから始ります。 ―これから本谷さんは、どんなことを描いていきたいですか? あらゆる普遍的なテーマを取り合えず扱って、私の出した間違った答えとかを提出したいというのがありますね。例えばこの間やったのはトラウマだし、今度やるのは虚無感とかだし。で、今やるのはリアルとアンリアル。リアルとフィクショナルのことだったり、もう扱われまくったテーマ、それぞれを私が今どういう風に何かを掴んで扱うかみたいなことをどんどん見つけていきたいなぁとは思っています。なんで、いい舞台といい小説とを書きます。 ―本日のゲストは本谷有希子さんでした。どうも有り難うございました。 (了) 小説家の方たちが、「執筆作業が波に乗ってくると自然と登場人物が喋りだし動き出す。何かが降りて来た感覚で、後はそれに身を任せてペンを走らせる。」といった表現をされているのをよく耳にします。 小説家は、あるスイッチが入ると僕等が夢を見るように脳を開放できる特殊な能力や才能の持ち主なんじゃないかと思えてくるほどです。 そんなことを考えていたら、トップランナーに新進気鋭の脚本家・渡辺あや(37)さんが出演されていました。 デビュー作は、『ジョゼと虎と魚たち』(2003)でその後『メゾン・ド・ヒミコ』(2005)などを手がける。2007年夏に山下敦弘監督『天然コケッコー』が公開予定。 出産後(27歳の時)、赤ちゃんと2人でずっと家にいる状況の中、淋しさを紛らわすために妄想を楽しむようになり、それが脚本を描くキッカケとなった渡辺さん。 渡辺さん:「頭が勝手に友達を作り始めた。頭の中にその人たちがいて、動いている感じ。その人たちの動きが自分にとって面白く描きとめていたら脚本のようになった。」 大体の着地点は分かっていても描き始めるまで登場人物がどういう関係性を作ってどういう動きをするかなど、どんな経緯をたどって最終地点に至るか分からないという。 渡辺さん:「私が考えると、私が考えられる程度の事しか起こらないんだけど、本当に登場人物たちに任せるとその人たちが面白い風に動いてくれるような気がする。そうなるまで待っているようなところがある。」 この感覚を渡辺さんは、「起こっていることを客観的に見ている感じ」と表現。 そんな渡辺さんと脚本や小説の書き方が全く対称的なのが本谷有希子さんではないかと今回感じました。 パソコンで実際に脚本を描き始めるまでに、構想やネタなどをノートの上に書き出すという本谷さん。彼女の言う所の"ノート段階"では、ひたすら話をどう展開していくか、何を書こうかプロットのようなものを練っていく。 「どうやって話を作るんですかと言われた時の答えは、ひたすら考える。本当に考えるだけだし、全然次から次に思い付かない。ただ本当に本当に搾り出して、ずっとずっとずっとそれについて考え続けてなんとか出してくるみたいな感じ。」 と話される本谷さんを見ていると胸にグッと来るものがありました。ゼロから論理的な思考だけで話を組み立てていくタイプの作家さんなのかも。本谷さんにとって物語を生み出すことがどれだけ過酷な作業で、過程の段階でどれだけ苦闘されているかを想像しました。(だからといって渡辺さんが楽して作品を書いているとは決して思っている訳ではありません。) 流れに任せて書いて行く作家さんとは違い、地道にブロックを一つずつ積み上げて行く力業の本谷さん。確かに本谷さんの作品を読んでいると、実に計算されつくした緻密な流れがあって密度が濃く、濃縮され無駄な部分が一つも無いという印象を受けます。 ガッツリ作品と向き合い真剣勝負している本谷さんの制作過程の葛藤や自身の心の叫び、生き様も書き綴られる物語の中に込められ、それが伝わってくる気がするので、本谷さんに対して頑張れ〜と応援したくなるのかもしれません。 |
|
2007-05-24 Thu 18:23
フジテレビ・笠井信輔アナに、
「斉藤は、類稀なるアナウンサー。よく生きているお前は。よく死なずにここまで来た。お前さんがこの世知辛い世の中をどこまで生き抜いていけるか、みんな見てるからね。しぶとく頑張っている。」(アナマガ・動画リレートーク『本気でしゃべっていい!?』より) そして、爆笑問題の田中裕二さんに 「斉藤アナは、アナウンス界のビッグバン。」(『あっぱれ!!さんま大教授』より) と言わしめたフジテレビ・斉藤舞子アナウンサー。 一切の既成概念に囚われず、純粋な瞳で世界を見つめ、数々の常識を打ち破ってきた。そして、世の中に新しいものの見方や捉え方を示し、"笑い"という形でインパクトを与え続けている。 1月11日の記事でお届けした斉藤アナ伝説、第1弾、 ■LEGEND♪ に引き続き、再び斉藤アナの逸話が発信されたので今回、第2弾をお送り致します。(もしかしたらご存知の方も多いかもしれません。その点はご了承下さい。) 〜『豚肉』〜 タモリさんと斉藤アナのやり取りの中で生まれた話。 イメージなども良くなく昔から豚肉が大嫌いだった斉藤アナ。 それを斉藤アナがタモリさんに話すと、 タモリさん:「じゃあ、斉藤、好きな食べ物を上から4つ挙げてみて。」 斉藤アナ:「チャーシュー・・・角煮・・・ハム・・・トンカツが好きです。」 ・・・・・・・ 斉藤アナの好きなものは、見事にすべて豚肉だった。。。 斉藤アナ:「えーー!!これ豚なんですか!?」 タモリさん:「今まで何だと思って食べてたの?」 斉藤アナ:「鶏肉だと思っていました。」 タモリさん:「じゃあ、トンカツの"トン"ってどっから来たの?」 斉藤アナ:「トンって音じゃないんですか!?」 タモリさん:「"豚"って音読みすると"トン"って読めるんだよ。」 斉藤アナ:「はぁ〜〜〜。」 これは今年のお正月に起きた奇跡の出来事。 〜『そうじき』〜 今年に入ってから掃除機をインターネットで購入した斉藤アナ。 そして、ずっと家でその掃除機をかけていた。 新しくきた掃除機は、物凄い静かで無音。 更にその掃除機の優れている点が、電池など一切入れなくていいということ。 「あ、これずいぶん大人しいなぁ〜。最近の掃除機は凄いわぁ。それに軽いし、いいわぁ〜これ。」と感激しながら使用していたという。 説明書は海外の製品だから全部英語。分からないので読まずにそのまま放置していた。 時は流れ、ある日のこと。番組の収録にて、斉藤アナの使っている掃除機と同タイプの掃除機が取り上げられた。 その時、斉藤アナは、それが自分の掃除機とちょっと違うことに気付く。 番組で出てきた掃除機は、吸引口のあるヘッドを含む柄の部分と、ホースによって繋がった本体によって構成されている。 しかし、斉藤アナが家に持っていたのは・・・ その掃除機の柄の部分のみ。。 柄の部分と本体は別売りで、本来それをセットで買わなければならなかったのに、斉藤アナは、柄の方しか購入していなかった。 4月からの2ヶ月間、斉藤アナは、ごみを吸うはずもない掃除機の柄の部分だけを持って部屋の中を意味も無くうろうろしていたという事実が判明。(笑) フローリングで絨毯を敷いている斉藤アナの部屋。 その2ヶ月の間、当然の如く次第に大きい埃は目につくようになる。 「大きい埃は吸い取らないんだなぁ・・・。」と吸引力に不満を抱きつつ、それを手で拾っていたという。 なぜ長い間気付かなかったか、一つの要因として、斉藤アナ曰く、 「ちゃんとスイッチがあるんですよ。」 柄の部分についているスイッチは、きちんと”ON”にして、それで斉藤アナはちゃんと掃除機が稼動していると思い込んでしまっていた。 でも、「吸い取ったごみは、どこにいってんだろう?まったく溜まんないし・・・。」という疑問はずっと払拭できなかったらしい。 斉藤アナは、疑問に思っても、それをそのまま放置して継続してしまう癖があるという。それが仇となったということか。(^^) ゴミ箱にごみを少しでも入れたらゴミ捨て場に持っていくほどごみが大嫌いな斉藤アナ。そんな斉藤アナが、埃の中で2ヶ月間生活していたという事実と、2ヶ月間初歩的な間違いに気付けなかった事実を同時に知った時のショックはかなりのものだったとか。 ちなみに、斉藤アナは現在も本体を手に入れてない。 これは、斉藤舞子アナ自身によって「フジアナスタジオまる生2007」で語られた。 "舞子斉藤のすべらない話"は「人志松本のすべらない話」と互角に渡り合える話の完成度を持つ。面白い話をするのが斉藤舞子アナウンサーはとっても上手いと思う。それをきちんとこの記事で伝えられたかは、甚だ疑問です。すみません。 フジテレビホームページにある「アナウンスマガジン」が今年の5月1日からリニューアル。準備に半年以上かけ「アナマガ+plus」として新サービスがスタートした。 この中で現在、高島彩アナをはじめ7名のアナウンサーがブログを開設している。 かねてからブログに強い関心を示し、是非ブログをやりたいと切望していた斉藤アナ。「アナマガ+plus」のブログ開設者の中に自分の名前が入っていないことに少し納得のいかない様子。7名それぞれキャラクターがあり、是非バライティー枠として自分を入れて欲しかったという。 ブログをやりたいアナウンサーは沢山いるが、「アナマガ+plus」は、アナウンサー自身の手によって運営管理されていて、まだまだ技術的に未熟なため、まずは、7名からスタート。今後落ち着いていけば、順次ブログの数も増やしていく予定になっているとのこと。斉藤アナのブログが誕生する日も近い!? 斉藤アナの中では、すでにブログのタイトルも決まっていて、 『舞(マイ)メモリアル』 斉藤アナは、タイピングが遅すぎてタイピング練習ソフトに「あなたは足の指で打っているのですか?」と言われたほどだったが、ブログを一日に何回も更新できるように、すでにタイピングの特訓済みで、ブログに対して意欲満々。 僕も斉藤舞子アナに是非ブログをやってほしいと思っていたので、かなり楽しみ。彼女のブログは読んでいると元気を貰えるものになるに違いない。 最後に斉藤アナからのクイズ。 「川ってどっちからどっちに流れているでしょう?」 斉藤アナ:「答えは、上流から下流。」 社会人1年目まで、斉藤アナは「川は、右から左に流れている。」と思っていたらしい。 ■フジテレビ・『アナマガ+plus』 |
|
2007-01-19 Fri 22:46
先ごろ、第136回の芥川賞、直木賞が発表され、
芥川賞は23歳・青山七恵さんの「ひとり日和」、 直木賞は4年ぶりに該当作なし となりました。 これまでは、全く関心が無かったのですが、NHK-BS2でやっている「週刊ブックレビュー」を見るようになって本の面白さに気付き、これらの賞もチェックするようになりました。 この芥川賞と直木賞の違いについて世間では周知のことなのかもしれませんが、僕の中では謎のまま、調べるキッカケもなくこれまで過ごしてきてしまいました。 心の何処かに引っかかっていたら、ニュースでこの賞のことについて説明していたので書き留めておきます。 芥川賞、直木賞、共に昭和10年にスタートし、現在は、財団法人日本文学振興会により運営されている。 年2回授賞式が行われ、 ・上半期(12月1日〜5月31日までに公表されたもの)の選考会は7月中旬、贈呈式は8月中旬。 ・下半期(6月1日〜11月30日までに公表されたもの)の選考会は翌年1月中旬、贈呈式は同2月中旬。 ■芥川賞(芥川龍之介賞) ・新聞、雑誌に発表された純文学短編作品から選ばれる。 ・無名または、新進作家が対象 ・懐中時計と副賞100万円が贈られる。 ※「純文学」とは、大衆小説、あるいは小説一般に対して、商業性よりも純粋な芸術性・形式に重きを置いた小説の総称。(Wikipedia・純文学について) 今回の選考委員は池澤夏樹・石原慎太郎・黒井千次・河野多惠子・高樹のぶ子・宮本輝・村上龍・山田詠美の各氏。 ■直木賞(直木三十五賞) ・新聞、雑誌、単行本に発表された短編および長編の大衆文芸作品から選ばれる。 ・中堅の作家までが対象。 ※「大衆文学」とは、純文学に対して、芸術性よりも大衆性・娯楽性・商業性を重んじる通俗的な小説の総称。推理小説・剣豪小説・家庭小説・ユーモア小説など。(Wikipedia・大衆小説について) 今回の選考委員は阿刀田高・五木寛之・井上ひさし・北方謙三・林真理子・平岩弓枝・宮城谷昌光・渡辺淳一の各氏。 今回の選考に関して書評家の豊崎由美さんが、TBSラジオ・「ストリーム」にて鋭く突っ込みを入れていらっしゃいます。権威のある賞ですが、裏では色々あるようですね。 ●TBSラジオ・「ストリーム」へのリンク |
|
2007-01-11 Thu 21:44
これはフジテレビ・斉藤舞子アナの身に起こった(ある意味)奇跡の物語である。(^^)
ある日の朝、斉藤アナは起きると携帯が無いことに気付いた。 そこで先ず斉藤アナが取った行動は、前日一緒にいた仲の良い友達に心当たりが無いか電話で確認するというものだった。 なんとそこで斉藤アナは、今まさに探しているはずの自分の携帯で友達に電話。 斉藤アナ曰く、『これは単なる通話の手段だと思い込んでいるから、全く気付かなかった。』とのこと。 その友達も番号通知で斉藤アナの名前が携帯のディスプレイに出ているはずなのに、 『昨日一緒にいた時は持ってたよ。ちょっと分かんない、私は。』 との親身になって返答をしたという。 その日は、午後から仕事があった斉藤アナは、携帯が無いと困るということで携帯を持って携帯ショップに直行。 そこで新たに一台携帯電話を購入!!! そしてようやく運命の瞬間がやってくる。 料金プランの説明の際、店員さんが、 『お客様、こちら2台目になりますので、、、』 斉藤アナ:『あ゛っ!』 ここでようやく斉藤アナは、我に返り自分のとんちんかんな行動に気付く。しかし今更 『実は携帯、ここにありました。』 とも言えず、 『そっそうですよね。2台目だからどうしましょ?』 とごまかし、そのまま必要の無い携帯電話の契約の手続きをしたという。 2台目の携帯は使われることなく、今も家の中に眠っているのは言うまでもない。 このエピソードをフジテレびーびーの『斉藤舞子のこの人に会ってみました!』で斉藤アナの口から初めて聞いた時は、息を呑むような衝撃がありました。(笑) メガネをおでこに載せながらメガネを探したというのは、よく聞く話ですが、手元に携帯があるのに、携帯ショップで新たに携帯を契約するまでに至ったというのは、伝説に値すると思います。 こういう失敗をしちゃう斉藤アナは、人間的に魅力的でますます好きになりました。(^^) ■LEGEND♪-part2- |
|
| アドリア海の4.A.M. |
|




