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2009-10-07 Wed 19:46
今、何かに急き立てられるようにこれを書いております。
ラジオでは時折、そのメディアの特性もあって、すでに有名になった人や作品でもその裏に隠された(おそらく)世間一般ではまだあまり知られていないような深い話や事実を聴く事が出来たりするものです。 そういうものに出会ったりすると他の人と共有したくて内容を書き起こして記事にしたいという欲求が湧いてきます。(そこには、横しまな考えも含まれていると思われます。^^;) しかし、これはいいなと思っても時すでに遅く、話がすでに半分くらい終わってしまっていて録音のタイミングを逃してしまうことが大半。そうやって悔しい思いをしたものの中には、例えば、 ●宮崎駿監督によって映画化された「魔女の宅急便」の原作者である作家・角野栄子さんのロングインタビュー (角野さんの半生やそれに連動した「魔女の宅急便」誕生秘話、作品に込めた想い、映画ではキキが新しい街で生きる道を見つけたところで終わっていますが、その後成長し大人になってどのように「魔女の宅急便」という作品が幕を閉じるのかの構想【2009年10月刊行の「魔女の宅急便その6 それぞれの旅立ち」で24年に渡って描かれた同シリーズは完結すると発表された。-ウィキペディアより-】などが語られていました。) や、 ●川嶋あいさんのインタビュー (19歳の時、ご自身の私財のみでアフリカに小学校を建設し、2008年に2校目をカンボジアに建設。その後この活動を公表しファンの方の賛同も得て、今年までに6校目までの目処が立っているそうなのですが、海外支援活動を始める事になったきっかけや、自分に何が出来るのか全く手探りの状態の中でどのように行動を起こし、学校建設まで至ったかの経緯などが語られていました。) などがありました。 で、この度(9月30日)、以前■このブログ内の記事でご紹介したNHKラジオ第1で放送している『ワールドネットワーク』という“ラジオ深夜便”内のワンコーナー(月〜金・24時12分頃から約15分間)にて実に興味深いお話が為されていて、偶然途中から録音していたので、もうあの悔しい思いはしたくないということで、書き起こしたいと思います。 で、その内容というのが10月8日に発表されるノーベル文学賞(の選考方法)と村上春樹さんについて。 毎回世界各国に在住されている日本人ジャーナリストの方々が、その国での様々な事柄についてレポートされるのですが、今回は、スウェーデン・ストックホルムからデューク・ユキコさんが担当されていました。この方、なんとスウェーデンで村上春樹さんの作品の翻訳(スウェーデン語訳)を手掛けられているそうなんです。現在、スウェーデン語に翻訳されている作品は、『ノルウェイの森』、『スプートニクの恋人』、『ねじまき鳥クロニクル』、『海辺のカフカ』、『象の消滅、その他の短編』、『アンダーグラウンド』。来年は『アフターダーク』、『1Q84』とエッセー集が刊行される予定とのこと。ノーベルの遺言により各受賞者〔経済学賞を除く〕を選ぶところが決められているノーベル賞に於いて文学賞は、「スウェーデン・アカデミー」が選考することになっていて、村上春樹さんがノーベル文学賞を獲れるかどうかの重要な鍵を握っていると言っても過言ではないと思われるデューク・ユキコさんご本人が、今年のノーベル文学賞について語っておられました。(ノーベル文学賞の選考方法と選考地であるスウェーデンでの村上春樹さんの評判、受賞の可能性など。) 以前、どこかで村上春樹さんのノーベル文学賞獲得は近い、と小耳に挟んで実の所どうなんだろうと気になっていたので僕の中でかなりタイムリーで興味を惹かれるトピックでした。 僕が村上春樹さんの作品で初めて読んだのは、「ノルウェイの森」でした。名作だとは聞いていても、タイトルから勝手に想像が先行し、北欧の神秘的な森に住んでいる妖精の出てくるお話で、文体も高尚で小難しく自分にはハードルが高いだろうと踏んでずっと避けていたのですが、いや、というよりも今思い出すと以前は本自体殆ど読んでいなかった^^訳ですが(本の面白さに遅ればせながら気付き始めたのは、3年前万城目学さん著・「鴨川ホルモー」に出会ってから。)、何かのきっかけでいざ手に取ってみると、予想に反して実に内容が身近なものとして捉えられ感情移入しやすく、一気に読み進めた記憶があります。 それ以降、大体作品が発表された順に「風の歌を聴け」(1979年)、「1973年のピンボール」(1980年)、「羊をめぐる冒険」(1982年)、「ダンス・ダンス・ダンス」(1988年)、「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」(1985年)、「海辺のカフカ」(2002年)、「アフターダーク 」(2004年)とあまり期間を置かず手に取りました。 今考えても、僕は、村上春樹さんの作風が特別好きと言うわけではない気がするのですが(特に2つの世界が並列に置かれ、交互にストーリーが展開される構成がどうも苦手です。やっとその世界に浸ってきたなと思うと場面転換し、もう一つの世界の話に変わってしまうので。)、どういうわけか、読み終わると次の作品に気が付くと手が伸びていました。村上さんの文章には、僕にとって何処か中毒的魅力が潜んでいるようです。村上さんの作品によって、優れた小説は心を豊かにし、その容積と深度を増してくれるんだと知りました。 あるコラム記事に、
とありました。このメタファーについては、村上作品が語られる上で何度か聞いたことがあり、作品の裏に隠されたもうひとつの意味のようなものが存在する気配は感じないでもないのですが、僕の場合は、全くそんなことはお構い無しにただ無心に文字を追って文章に身を任せ表面的に楽しんでいるだけなので、もしかしたら本当の意味で村上作品を読んだ内には入らないかもしれません。^^; そんな僕が、何となく感じ取っていた村上作品の魅力を最新刊「1Q84」の発売に際して放送されたラジオの村上春樹特集でパーソナリティの方がズバリ仰っていました。 それは、作品に登場する主人公はみんな、独自のルールや規範に従って生きているということでした。社会のルールや規範が疎かにされがちで生き馬の目を抜くこの時代に於いて、周りに左右されたりブレることなく自分の信念や経験から得た考え方に基づいた規律に則した行動を自然体で執っている主人公にみんな憧れがあるんだ、と。 そうやって生きている主人公達のライフスタイルは、実にシンプルでスマートに映り、まるでそれを疑似体験しているかのようで読んでいて本当に心地よく感じます。 という僕の話はどうでも良くて、デューク・ユキコさんのお話を此処から書き起こします。 【ノーベル文学賞の選考を行う「スウェーデン・アカデミー」の創設は1786年。そのメンバーは、18人で構成。】 ■『スウェーデン・アカデミー』について(ウィキペディア) 毎年1月31日が受賞者の候補の締め切りの日なんですね。それまでにスウェーデン・アカデミー自身のメンバー達の候補、そして世界各国のアカデミー、作家協会、そして元ノーベル文学賞の受賞者などからの文学賞の受賞者にふさわしいとされる方々の名前が送られてくるわけなんですよ。 で、毎年およそ310名くらいの名前が挙がるんですね(ロングリスト)。そうしますと310人の作品を全て読むとなると大変な作業になるんですね、これは。ですから、スウェーデン・アカデミーの中に5名から出来ているノーベル委員会というものがありまして、この委員会の役割と申しますと第一の選考に当たるわけなんですよ。そして、候補者を15人から20人に絞るわけなんですよ。で、もちろんこのリストに載っている人たちの中では、例えば、スウェーデン人が読めない言葉の方々がのぼるケースもあるわけですよね。そうしますと、この委員会はそういう方の作品の翻訳とかを依頼するわけですよ。 例えば、1988年にエジプトのナギーブ・マフフーズという方が受賞者に成りましたでしょう。その時には、ノーベル委員会が、彼の作品を読める人が全くいなくて、全然翻訳されていなかったんですよ。ところがアラブ文化圏から是非是非マフフーズ先生をという声が高まっていたので、この方は翻訳せねばと思われたそうで、大急ぎでマフフーズ先生の作品の翻訳を依頼したそうです。 このようにですね色んな方の作品を色んな所から取り寄せるわけですよ。その作業が、5月下旬頃までに最終的に出来るわけなので、そして、ノーベル委員会は、ショートリストというものを作りまして、そこに15人から20人の名前が載っているわけなんですね。 そして、夏の間にですねスウェーデンアカデミーの18人のメンバーに大変な夏の宿題が出されるわけなんですよ。その15人から20人の方々の作品を読むことなんですよ。それで、また秋(9月中旬)にアカデミーが集まる時にですね討論議論が始まるわけなんですよ。さて、誰にしましょうと。このアカデミーの中で為されるお話、議論は、外には洩れないんです。もう我々マスコミの仕事をしている人達はみんな出来るだけその情報を集めようとするんですけれども、で、アカデミーのメンバー達に電話をするんですけれども本当にみんな何も言いたがらないんですよね。口が堅い。昔はちょっと洩れたりなんかしていたんですけども今となってはそういうことは全くないので。 それから大体この時期になりますとマスコミは、次々にこの方かなぁと名前を挙げたりして大変なお祭り騒ぎなんですよ。 発表は一応10月の第2週目の木曜日と成っているのですが、これがあくまでもアカデミーの中で18人全員が一つの受賞者に一応賛成した場合なんですけれども、大抵の場合は議論がもう一週間続いてですね第3週目の木曜日となってしまうケースが非常に多い。ですから、今年はどういうことになるのかと。(笑) アナウンサー:デューク・ユキコさんは、ジャーナリストでいらっしゃると共に、作家、そして翻訳家でもいらっしゃいます。で、日本の作家・村上春樹さんの作品のスウェーデン語訳を手掛けていらっしゃいます。 母と共に翻訳させて頂いているんです。 アナウンサー:村上春樹さんも候補に入っているのか分かりませんけれども、色々と言われていますよね。村上さんの作品の翻訳については、翻訳はし易いんですか? そうですね、村上さんは、感覚も文章も非常に優れた作家ですから、スタイルがハッキリしていますので翻訳はし易いんですよ、どっちかというと。ただし日本語から文学作品をスウェーデン語にする場合にはですね、一つの大きな問題がありまして、それは国民性の差というのがありまして、スウェーデン人はゲルマン系の民族ですから物事を非常にはっきり言いたがるんですよね。ところが、日本人、または日本語は、言葉として非常に美しい曖昧さがありますでしょう。で、それを訳すのが時によっては非常に難しいんです。例えば日本語に「懐かしい」という言葉がありますでしょう。そうしますとこの「懐かしい」に含まれている色んな気持ちがありますでしょう。ところがスウェーデン語で、「懐かしい」と言えば大体5つから6つの単語が当たるんですよ、「懐かしい」にですね。場合によってはこの「懐かしい」、でこういうケースだったらこの「懐かしい」という風に選ばなければならないことになるわけなんですよ。そうしますと、時によっては折角のポエティカルな日本語が非常に固くなって面白味がちょっと飛んでしまうような時があるんですよね。ですからその辺がそういう風にならないように苦労しています。 アナウンサー:村上春樹さんの作品はスウェーデンではどのように受け入れられているんですか? もう村上さんはですね、スウェーデンの読書界では、外国の純文学作家の中では最もユニークな立場を持っていらっしゃるんですよ。と申しますのは、大抵の場合スウェーデンでは本の命がかなり短いんですよ。単行本として出版されて、そして文庫本として続き、それは約1年か1年半の命なんですよ。ところが村上さんの場合ですと、新作が出ると以前出た作品まで売れ行きが良くなってですね、再版に及ぶこともあるわけなんですよ。これは最も珍しいケース。スウェーデンの若手の作家でもそれはあんまりないんですよ。(笑) アナウンサー:そうすると村上春樹さんはそれだけ人気が有ると考えても宜しいんですね? そうですね。非常に人気が高いんですね〜。 アナウンサー:ということはですね、村上春樹さんだけではなくて、村上春樹さんを契機として日本文学に対する関心も少しずつ高まっていると見て宜しいんでしょうか? そうですね、スウェーデンには昔から日本に憧れてですね技術と文化の大国という風に日本を思っているわけなんですよ。ですから昔から川端康成、三島由紀夫、安部公房、大江健三郎さんとか昔からスウェーデンではよく読まれているんですよ。しかし、若手の作家でも例えばよしもとばななさん、柳美里さん、桐野夏生さんもよく読まれているんですよ。ただしその中でも村上作品の注目は本当に特筆すべきものなんですけどね。 アナウンサー:そうすると、外側からあれこれ言わない方がかえって良いのかもしれませんが、村上春樹さんに対するノーベル賞受賞の期待というのは、ある程度あるんでしょうか? あのですね・・・、私もちょっとその事に興味がありましてですね、色んな方に聞いてみたんですが、どうもこのショート・リストつまり15人から20人のリストに載ってらっしゃるそうですけれども、ただしそこからいずれはノーベル文学賞受賞者に成るということではないですよね。例えば、イギリスのグレアム・グリーンは、もう何年載ってらしたんでしょう、30年近く載ってらしたんでしょう。あのショートリストには。 ところが一度も頂かなかったわけですよね。ですから時によってはかえって人気が高いというのが悪いことになる時もあるんですよね。ですからスウェーデンアカデミーが判断する時に、この方はもう有名ですし、ノーベル賞は他のもうちょっとまだ無名で、ところが素晴らしいものを持っていらっしゃる方に与えた方が宜しいのではないか、という風に思われることも無くはないわけなんですよ。ですから微妙なんですよ。(笑) アナウンサー:10月の遅くとも第3週くらいまでには分かるわけなんですがね、ちょっと待ってましょう。それで日本ではですね、本を読まない人がどうも増えていると一般的には言われるんですけどね、よくよく考えてみるとそうでない部分もあるはずなんですがしかし、一般的にはそういう傾向が出ていると言われております。スウェーデンの方々の読書事情、本に対する関心の度合いはどうなんでしょう? 大体日本と同じような状況ですね。スウェーデンでは新聞を取っている方も減っていますし、図書館の利用者も年々減っているという感じなんですけれどもね。特に本になってしまうと微妙なんですよ。3年前までは本に与えていた消費税がかなり高かったんですね。ところがそれが少なくなったので、それでちょっと売れ行きがよくなっていたんですが、また元に戻ったというのが最近の現象なんですね。本当に悲しい現象だと思いますので一時的な事だといいんですけれども。ですからスウェーデンでも読書運動というものが出来まして、それが財団なんですが、例えばマクドナルドのレストランなんかに行ってお子様用のセットメニューがありますでしょう、大抵の場合はおもちゃか何かが付くんですが、この読書運動というのがそのおもちゃを本に変えているんですよ。ですから今10月にはスウェーデンで最も有名な児童文学作家の作品が1つ付くんですよ。ですからそのように本を読まない現象に対する反対運動というのが生まれてきていて、それに一般のスウェーデン人の関心もかなり高いので一時的な現象であるようにみんなが祈っているわけなんです。 アナウンサー:非常に興味深いお話を有難う御座いました。 (了) ノーベル文学賞の発表が明日に迫った今、この記事をアップするのは遅きに失した感が否めませんが、村上春樹さんのノーベル文学賞受賞を願いつつ此処に掲載させて頂きます。 |
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2009-10-02 Fri 23:04
最近、秋独特の切ない空気が影響しているからなのか、心が弱っているからなのか原因は定かではありませんが、妙に涙もろくなっております。大の大人が、お恥ずかしい限りなのですが。
その一端として先日NHK BS-2で放送された映画「50回目のファースト・キス」(2004/米)を観た時、人生でこれほど泣いた映画はないというくらい号泣してしまいました。「マディソン郡の橋」(1995/米)(そういえばこれを観たのも昨年の秋のことでした。)の時も大泣きしている自分に驚いたくらいでしたが、今回はその上を行ってしまいました。あまりまだご覧になっていない方に対してこの映画のハードルを上げることは、やってはいけないと思いつつ書いており、このことは忘れてください。^^; 普段、恋愛映画なんて敬遠してるくらいで観ないのですが、何故観たのかを思い出すと、やはり予ねてより映画を観るかどうかを判断する際の指標にしている■「CinemaScape−映画批評空間−」での評価が高かったからでした。僕の個人的な経験則で言うと、このサイトで平均3.5点以上(5点満点)の評価を得ている作品に大体ハズレはないということです。(人の意見に左右されて自分の価値基準で観る映画を選ばないのは、いかがなものかと言われてしまいそうですが、観ることの出来る映画は、時間的にも限られていてその中で良質な作品に一つでも効率よく出会うには、致し方ないかなと割り切っております。)ちなみに、「50回目のファースト・キス」の評価は、3.7点でした。この作品を通じて感じたことは、人と人が出会い恋に落ちることが、これほど神秘的で美しいものだったのかということでした。それが取りも直さず自分を取り巻くこの世界の持っている美しさに直結し、観終わった後暫く目の前にある“世界が変わった”様な不思議な余韻に浸っていたのを覚えています。表現力不足で言葉にするとチープになってしまって本当に申し訳ないです。 ということで、今日涙したこと・涙しそうになったことなのですが、 まず1つ目は、平日毎朝4時から日本テレビで放送している朝の看板ニュース番組「おはよん(Oha!4 NEWS LIVE)」でメインキャスターを務めていた脊山麻理子アナウンサーが卒業したこと。と言うと本質とは少し違って、この番組は、AM4:00からAM5:20までやっており、当然その時間に生で見ることが出来ない僕は、DVDレコーダーで予約録画しているんです。しかし、いつも録画しているのは、AM4:00からAM5:00までの1時間。必然的に、番組エンディングにあったであろうと予想される脊山アナの最後の挨拶と涙、共演者との感動的な別れ、を見逃したことに思わず涙が出そうに。。「おはよん」を知らない方には、なんのこっちゃという感じだと思いますが(笑)。 今まさにテレビやラジオは、改編期の真っ只中にあります。好きで見ていた番組が終わるというのは悲しい気持ちもあるのですが、それ以上に“去る者は追わず”精神で、その番組を最後まで見届けることが出来たという満足感の方が僕は大きいかもしれません。番組に関して“だけ”、このドライな性格が現れるのは、終了について自分にはどうしようもないことで、みんなもその状況を同じように受け入れているという良い意味での諦めに起因していると思われます。他のことでもこのくらい割り切ることが出来ればよいのですが。 この割り切りや、満足感を生むために一番大事で欠かせないなのは、その番組の最終回をきっちり見ることなんです。そういう意味で、今回脊山アナの最後の挨拶を見逃し、きっちり自分の中でけじめをつけることが出来なかったのは、僕にとって後々モヤモヤしたものが残る結構ショックな出来事でした。 この「おはよん(Oha!4)」という番組、実は凄い番組みたいで、同じ時間帯の各局番組の中で視聴率が35か月連続でトップであり、6月29日には6.3%の視聴率を獲得し、2月16日には占拠率45.6%を達成したとか。占拠率45.6%とは、その時間に起きてテレビをつけている人の半分近くの人がOha!4を見ていたことを表しているそうです。 このご時勢で珍しく絶好調な番組なんです。何故好調なのか、僕なりに考えると、ニュース番組なのに出演者の人間味やそれによって醸し出される温かい雰囲気が前面に押し出された稀有な番組だからだと思います。ニュース番組としての生真面目さをきちんと担保しながらも、バラエティーの様なアットホーム感があり、その絶妙なバランスが、この番組が愛される要因なのかなと。ニュース番組という制約の中で如何にして遊びを潜り込ませ、それによって朝視聴者に元気になって貰えるか。制約があるからこそ遊びを編み出す面白さが倍増するというのは、中学校の校則の中で如何にオシャレをするかに似ているかもしれません。 そんな番組の中で最初は、山本舞衣子アナの底抜けな明るさとハチャメチャで自由奔放な面白さに惹かれ、山本アナが卒業されてからは、脊山アナの育ちの良さに裏打ちされた上品で優しい性格と天然ぽさに惹かれました。 でもこのお二人、他の番組で拝見することがあっても、番組のアシスタント的立場のアナウンサーだから当然といえば当然なのですが、「おはよん」で観られる魅力を封印し、抑えている気がします。それは、残念でもあり、「おはよん」でしか見ることが出来ないという特別感にも繋がっていました。 脊山アナが、本当にこの番組を大切に思われ、毎日楽しんで放送されていたのは、ひしひしと伝わってきました。今後、「おはよん」のようなアナウンサーの人間性や個性が十分発揮できるような素晴らしい番組に出会われることをお祈りしております。 【追記(10/5):その後、Oha!4公式サイトのキャスター日記が脊山アナによって更新され、そこで最終日のOAの様子、3年半に渡ってMCを務めてきた番組での思い出、OA後に行われた卒業式の様子などが綴られています。■「Oha!4キャスター日記・脊山麻理子」】 と、興味のない方にはどうでも良い話をダラダラ書いてしまって申し訳御座いません。 ということで、今日涙しそうになった2つ目なのですが、ふとした時に誰しも若気の至りとでも言いますか若さゆえの無自覚なかつての自分の行動に今更ながら心痛めるという経験をされたことがあると思います。僕は、本当に今になっては誰にも言えないような恥ずかしいことが沢山有り、ボーっとしている時にそのことが思い出され落ち込むわけです。^^; その中の一つが、この季節になると思い出す、「彼岸花乱伐事件」。 小学校の高学年の頃だと思うのですが、田舎なので毎年秋のお彼岸頃になると田んぼの畦道なんかにずらりと彼岸花が、目の覚める様な鮮やかな赤い花を付けるわけです。学校までの登下校に使っていた道沿いにも絶え間なくと言っては大袈裟かもしれませんが、両側に彼岸花が咲き乱れ赤い道を作るのです。 すると、あろうことか、学校から友達と帰る時、朝の集団登校の際に班長が持つことを義務付けられていた黄色い交通安全の旗の柄を無闇やたらに振り回して、片っ端からその彼岸花の茎を折っていくという極めて悪質な行為をしでかしていました。 彼岸花の茎は、力がかかると簡単に、そして気持ちいいくらいにポキッと真っ二つに折れる性質を持っていることも手伝って、旗を刀のように振り回して彼岸花をなぎ倒していく時の感触に快感を覚えていたんだと思います。 僕らが、通り過ぎた後の彼岸花は、花の部分が地面に落ち本当に可哀相な状態になっていたはず。 そのことに関して、まったく地元住民の方からお咎めを受けるということは無かったのですが、秋の風情や情緒を醸し出してくれる可憐な彼岸花が、見るも無残な姿になっているのを目撃された地元の方のお気持ちを考えると、涙が出てきました。。 本当に申し訳ないことをしたと今になって思うわけですが、当時は、全く他の方の気持ちに考えが及ばなかった自分が恐ろしくもあります。小学生の時も自然の美しさや季節の趣きを感じ取っていた、いや今よりも感受性豊かに受け止めていたような気もしないでもないのですが、あの彼岸花に対する凶暴性は、何処から出てきたのか若気の至りといって片付けることの出来ない心が痛む記憶となっております。 そして今日、3つ目の涙がこぼれた事なのですが、いつも遊びに行っているサイトを拝見し、そこにあった文章が、あまりにも奇麗で、静かに心の深い所に訴え掛けてきたからでした。 まず、■「ほぼ日刊イトイ新聞」で毎日連載されている「今日のダーリン」という糸井重里さんのエッセイ。このエッセイは、毎日更新されアーカイブとして過去のものを閲覧することが出来なくなるので、ここにコピーさせて頂きました。
そして、立て続けに見たアーティスト・石居麻耶さん(小説家・万城目学さんの著書「鴨川ホルモー」や「鹿男あをによし」などの表紙の絵を手掛けておられます。)の10月1日のブログ記事。 ■Maya Ishii's Blog『夢待ちの街 君待ちの空』での記事・「コスモス」 この2つ文章を読んで、世の中には、こんなにも思慮深く誠実に、そして真摯に生きている方がおられるんだと思うにつけ、こんな方々の居るこの世界って捨てたもんじゃない、と言っては語弊があるかもしれませんが、いいもんだなとじんわり気持ちが温かくなりました。映画・「50回目のファーストキス」を観た時と同じように強く揺さぶられる何かがあり、こういう方々の心の在り様に少しでも近づけたらなぁと思ったというお話でした。僕には遙か遠い道のりですが。(汗) こうして涙したこと(涙しそうになったこと)を並べてみると、泣くという行為は極めて個人的なもので、それをブログで披露して何になろうか、と思わないでもないのですが、色んな涙(といっても滲む程度ですが)を1日で経験したという僕にとってちょっと珍しい事実を記事にせずにはいられなかった現代特有の願望・焦燥感を分かっていただけたら幸いです。^^ あっ、そういえばこの記事を書こうと思った動機の一つに最近読んだ沢木耕太郎さんの「チェーン・スモーキング」というエッセイ集の中にあるタイトル「信じられない」に感化されたこともあるかも知れません。 このエッセイは、旅先では摩訶不思議な出来事に事欠かない沢木さんの日常はというと何故か至って平凡なものといった入り口で始まり、しかし例外的に奇妙な日常が無い訳ではないと。そして、ある1日に続けざま起こった数多くの“信じられないこと”が綴られていきます。例えば、バスで若いのにシルバーシートに座り、頑なにお年寄りに席を譲らない男性。電車の中で枝毛取りに専念する女性。珈琲専門店と謳っていながら規則だからと珈琲に入れるミルクの追加を渋る喫茶店、等など。しかし、あまりにもそういうことが度重なったために沢木さんは1日を改めて振り返ってふと、それらは全て正当な理由があり正常な事で、ズレているのは自分の方だったんじゃないかという不安に襲われます。 それでも沢木さんは、最後に、「信じられなーい。」とエッセイを締めておられます。 このお話が頭の何処かにあり、沢木さんの“信じられない”1日と今回の涙した1日とが重なったことが、自分の中で勝手に奇妙な偶然と感じられ、この記事を書く原動力となりました。って完全に蛇足な文章でこの記事を正当化してみました。 ちなみに僕の場合は、「今年も、もう残す所あと○ヶ月」と言う時に必ず1ヶ月少なく間違っちゃう人のおっちょこちょいさ加減が、“信じられなーい”。 最後まで読んで下さって有難う御座いました。 |
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2009-08-24 Mon 19:27
![]() 夏の記憶を閉じ込め静かに灯すは、秋の迎え火。 残暑を冷ます扇風機が届けるは、オーシャン・フレーバーと初秋の香り。 夏が現在進行形で過ぎ行く刹那の夢なら秋は、思い出。 純度と冷気を増していく吹き抜ける風を想うは、遠い過去。 灼熱の太陽とは対照的な温かく揺らめく炎を眺めるは、分け入る紅葉の木立。 夏から秋へ季節の移り変わりを感じ取るは、一年で一番心穏やかな時。 【BGM】 具島直子:「Love song」 |
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2009-07-19 Sun 17:46
数年前、『スーパーマリオブラザーズ』のBGMをサンプリングした曲『B-DASH』で世間の話題をさらった「トンガリキッズ」というテクノ系J-POPグループの一員だったニポポさん。今は確証はありませんが、音楽活動の傍らインターネット情報サイトの内勤スタッフとして携帯サイトの運営を手掛けられているとか。 ニポポさんは、根っからの“モノづくり”の人で、自ら作詞作曲をしたり映像制作まで一人でこなすなどマルチなタレントの持ち主。 そんな彼のブログ・『いつかあの日に…帰らない!!』。 最近はちょっと拝見できてないのですが、随所にニポポさんの自由自在に溢れるアイディア創出能力が垣間見られて感嘆するばかりで、もう生活そのものが、全て遊び心や人を楽しませたいというサービス精神で成り立っているような気さえしていました。 このブログの人気コーナー、かどうかは分かりませんが^^、定期的に発表されるニポポさん扮するマドモアゼルニポの「12星座占い」。 何故か、昨年12月でこの占いの更新は止まっているのですが、ちょっとブラックユーモアを含んでいてクスッと笑える上に、史上最強に当たると噂!?の「12星座占い」。 ■ブログ・『いつかあの日に…帰らない!!』内の「12星座占い」カテゴリー マドモアゼルニポさんの占いには足元にも及ばないまでも、いつか僕もこの「12星座占い」の真似事でもいいのでやってみたいと常々思っていました。 そうして慣れない占いに着手して早1年。試行錯誤の上、この度ようやく全12星座を占い終わりましたので、この場をお借り致しまして“アドリア海の4.a.m.”版「12星座占い」を掲載させてください。^^ ★アドリア海の12星座占い☆2009年7月号★ 今月のみなさんの運勢はどうでしょうか? いつの間にか学校は夏休みに入っていたみたいで、世の中はすっかり夏モードですね。 僕は、まだ夏の実感がいまいち湧かなくて、ボヤボヤしていたら夏が終わっていたということに成りかねないんじゃないかという焦燥感に駆られている今日この頃です。 ここで、皆さんに大好きなサザンオールスターズの「夏をあきらめて」をお届け。 まだまだ夏を諦めるには早すぎる。^^ 読者諸氏に於かれましては、とても短く、けれど心深くにガラスの浮き玉が持っているような輝きを残してくれるこの季節を心置きなく満喫される事をお祈りしつつ、今月の占いをお送り致します。 ■牡羊座 ずっと東京のコンビニは、地方のコンビニとは品揃えが違い、開発されたばかりの最先端な商品やオシャレでアーバンな商品が陳列してあると思っていたが、どうもそれは幻想だと気付き始める。 ■牡牛座 マスコミは、芸能人の恋愛に対して熱愛、熱愛って騒ぐけど、冷静な恋だってあるだろうし冷静と情熱の間の恋だってあるんじゃないの、とクレームを入れるためにスポーツ新聞社に電話するも相手にされず。 ■双子座 Windowsのシャットダウン直前にバァンッという重低音と共にエラーメッセージが表示され、心拍数が急上昇。 ■蟹座 未だに映画「クローズZERO」と「クローズド・ノート」の区別が、一瞬考えないと出来ない。 ■獅子座 予想外の事態が起きた場合に冷静さを装ったりする事が出来る何かと実用的な“折り込み済み”という言葉を略した“折り込み”を流行語にしようとしたが失敗。 ■乙女座 PerfumeのかしゆかさんとYOUさんが似ているという事実を友達に告げられ、渋々納得する。 ■天秤座 大してスポンサーに貢献していないのに、タダでこんなに面白いテレビ番組を楽しんでいる自分にちょっと罪悪感。そして、マスの力に感謝。 ■蠍座 ヤフーオークション入札中、オークションの“オ”の字が頭を過ぎっただけでも心臓がドキドキして、精神的に追い込まれ、日常生活に支障を来たす。 ■射手座 「新堂本兄弟」を観ていて、名字が同じ二人が出会って、グループを作っている奇跡を今一度実感する。 ■山羊座 恋人と喧嘩して、頭ではまだ好きでいたいのに心が拒否している時に、夢の中で恋人に好きだと声をからして叫んでいる自分がいて、ホッとする。 ■水瓶座 「いきものがかり」のよっちゃん(水野さん)が作詞作曲した歌ばかり世の中に流通していて、ほっち(山下さん)のバンド内での立ち位置を心配して気を揉む。 ■魚座 「笑っていいとも!」がニューヨークから生放送される夢を見て、無い話じゃないなと思い正夢になることを願う。ゲストは、やはりアメリカ人か現地で活躍する日本人かと勝手に予想。 以上、今月の運勢はいかがでしたでしょうか? 次号があるかどうかは甚だ不明ですが、来月も楽しみにしててくださいね。 |
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2009-06-28 Sun 17:24
最近、イチローについてつくづく思うことは、これほどずば抜けた才能を有し、100年単位の球史に名を残すことが確実な現役選手と同時代に生きていること自体奇跡的だなぁということです。
しかし、毎日アメリカから送られてくるイチローの華麗なプレーに心躍らせ、数々の歴史的な記録樹立に対して一喜一憂出来るこの幸せなこの状況を、いつの間にか当たり前だと勘違いし、“有り難さ”への感謝や感動が知らず知らずのうちに薄れてきているんじゃないか、という疑念も同時に湧いてきます。 イチローは、常々、どんなに素晴らしいプレーや記録を作り出しても、世間が騒いでいるうちはまだまだで、イチローならあれぐらい当然だろうと言われる位置にまで持っていくのが理想だと語っています。 世間的な現状として、それがある意味では実現してしまっているのではないでしょうか。 伊坂幸太郎さんは、著書・『チルドレン』の中で、こんなことを書いておられます。
と。 そして、かつてヒットした『青春時代』という歌の中では、
と唄われています。 これが、どんなに抗っても変えることが出来ない世の中の流れなのかもしれません。 本質や真価は、その真っ只中いにいる時は見えにくく捉えづらい、という客観的事実があることを認めることも大事で、それを踏まえた上で現在という時代を逃さないよう真摯に、そして必死に踊り、時には踊らされながら無心に生きることが大切なのかなと思いました。 時間が経過した後に初めて見えてくるものの為に。 P.S 今年のWBC前半戦に於いて極度の不振に陥っていたイチロー。そのことに対して俄かにマスコミは騒ぎ立て、イチローの年齢限界説が飛び出した。評論家がしたり顔で、イチローのスイング映像を取り出し細かく解説しながら加齢による衰えを指摘。そのことに対して、認めざるを得ないのかなと思った僕もあの評論家と同罪なのだが、イチローはそういった仮説が間違っていたことをバットで今証明している。 6月28日現在、大リーグでの自己最多に並ぶ7試合連続複数安打を記録し、打率は3割7分を優に超えた。アメリカンリーグ打率部門にてぶっちぎりのトップ。(ニュースでは小さくサラッと報じられるだけだった。) このことと、 昨年、福田首相が急遽退陣し、麻生さんが自民党内の総裁選で勝利を収めた時、世間的には、直ぐに解散総選挙に打って出るとの見方が大半だった。ニュースで、安藤優子さんが「しかしですね、麻生さんも折角総理になれたんだし、簡単には総理の座を奪われるリスクは犯さずに、じりじり解散を先延ばしにする可能性もありませんか、太郎さん?」と木村太郎さんに振ったら、木村さんは、キッパリとそれはない、と断言した。 しかし現在。麻生総理は、未だに解散する勇気もなく総理の椅子にしがみ付いている(ように見える)。 ということ。 その道の専門家として生きていても真実は見え辛く、評論家の言う事は当てにならないなぁということを思い知った。 乱文、失礼致しました。 |
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| アドリア海の4.A.M. |
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毎回世界各国に在住されている日本人ジャーナリストの方々が、その国での様々な事柄についてレポートされるのですが、今回は、スウェーデン・ストックホルムからデューク・ユキコさんが担当されていました。この方、なんとスウェーデンで村上春樹さんの作品の翻訳(スウェーデン語訳)を手掛けられているそうなんです。現在、スウェーデン語に翻訳されている作品は、『ノルウェイの森』、『スプートニクの恋人』、『ねじまき鳥クロニクル』、『海辺のカフカ』、『象の消滅、その他の短編』、『アンダーグラウンド』。来年は『アフターダーク』、『1Q84』とエッセー集が刊行される予定とのこと。





