夜明ケ前。外ハマダ暗イ。思イハ未来ヘト焦ル。思イ出ハ過去ヲ膨ラマス。ダケド。ココニハ今シカナイ。今シカナイ。
空の色を映し込む心
2008-06-27 Fri 19:36
数日間豪雨が続き、心にも分厚い雲が垂れ込め、もう気持ちが折れそうになってた時に訪れた先週日曜日の梅雨の晴れ間。迷わず車に飛び乗り青空を求めて出掛けたのでありました。


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前日までの重みのある湿った空気が嘘のような爽やかな夕方の風に吹かれ空を見上げていると、押さえ付けられていた気持ちが、一気に開放されちょうど視界に入ってきた旅客機の飛行している高度まで風に乗って舞い上がっていくようでした。

空の写真といえば、6月25日にニューアルバム『Sing to the Sky』をリリースした空へのこだわりを持つ絢香さんが、期間限定特設サイトでこのアルバムにちなんだ「空の写真展」を開催されています。絢香さんは常に空へ想いが届くように歌っていると聞いて、歌唱姿を思い浮かべると妙に納得した訳ですが^^、これを機に空を見上げる時間をちゃんと持つようにしたいなと感じました。そして、沢山写真に残したいとも。

『Sing to the Sky』・発売記念スペシャルサイト (7月7日まで)

人は天候によって、知らず知らずのうちに気分を左右されていると実感するにつけ、あるラジオ番組の未来予想というテーマに送られてきた一つのアイディアを思い出します。

それは、次世代の壁紙。

各家庭の部屋の天井や壁に貼られている壁紙がデジタル化され、巨大なディスプレイの役割も果たせるようになる(有機ELディスプレイのようなイメージ?)。そしてインターネット経由で一面に表示する画像をダウンロードし、例えば南国の太陽が燦々と降り注ぐハワイのビーチの風景だったり、夕日の沈むベネチアの街の風景など部屋を好きな色に自在に染めることができるというもの。それは新たな空間を創造することが出来る壁紙。

こんな壁紙があったら一瞬で気分転換できたり、リラックスできたりするような気がするんですよね。いつも自分の部屋の壁紙が、もしこの次世代の壁紙だったら、どんなに豊かな気持ちになれるだろうと想像が膨らみワクワクが止まらないのです。^^

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毎月、月末は忘月会。
2008-05-30 Fri 22:51
この標語がピンと来ないという事実は、人々が月単位で行動していない証拠となり得るだろうか。

そういう問題じゃない。^^;
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真面目な顔をして人を笑わせる喜劇人・「三谷幸喜」
2008-05-16 Fri 00:01
p080515最近、僕の中で『三谷幸喜』が熱いです。

・6月7日にいよいよ三谷幸喜さんが監督を務めた映画としては4作品目となる「ザ・マジックアワー」が公開されます。それに合わせて三谷さんが今、2ヶ月限定でブログを開設されていて(おそらく映画公開日まで)、それを毎日チェックしていること。

・以前読んだ万城目学さん(「鹿男あをによし」でお馴染み)のエッセイ「ザ・万歩計」がかなり面白く、緻密なストーリーを組み立てる作家繋がりで三谷幸喜さんのエッセイが気になり始めていました。そして、初期作品「オンリー・ミー 私だけを」(初版1997年)、「三谷幸喜のありふれた生活」(初版2002年)を古本屋で見つけ出して立て続けに読んだこと。

・平日、三谷さんの声をラジオから聴いていること。

以上のことなどから、期せずして「三谷幸喜」月間となっております。

エッセイ本は、三谷さんの日常が綴られているのですが、“ありふれた生活”ではなくて“オチのある生活”と言い換えてもいいほど、どのエピソードも必ずオチがついて、三谷さんのキャラクターを想像するとクスッと笑えます。それらが、映画や演劇の創作活動に関連していることが多く、普段は表に出てこない“ものを作る人”の日常に興味がある人にはこれ以上無いエッセイだと思います。
これを読んで、三谷さんは、常に周りを俯瞰的に見ている人だという印象を受けました。自分自身の事も一歩引いたところから見られていて、その三谷さんには、どんな時もその状況を楽しもうとし、人生なんとかなるさ、明日は明日の風が吹くといった達観的、楽観的な考えが根底にあるような気がします。
しかし、当の三谷さん本人は、控え目で人の気持ちを気にするとても繊細な心を持った人。
そのギャップが、笑いを生み出す原動力になっているのかなと感じました。

エッセイの中には、芝居本番が目前に迫る中、全く原稿が上がって来ず俳優陣からの相当なプレッシャーを受け窮地に立たされる三谷さんも出てきます。焦れば焦るほど筆は進まず、どうにか俳優さんを安心させるために付け焼刃の策を講じようと思案するもそれが裏目に出たり、体力も必要だからと仮眠を取ろうとしたら結局何もない日曜日でもそんなに寝ることはない12時間以上も眠ってしまったり。ものを生み出すということは命を削るほどの苦しみを伴うと想像しますが、それでもそこにいる三谷さんは何処か可笑しみを醸し出していて、決して悲壮感は漂ってきません。

三谷さんは、「オンリー・ミー 私だけを」の中でこんなことを仰っています。

人間の土壇場の知恵。そこには、「笑い」だけではなく、大げさに言えば、必死に生きようとする人々の「悲しみ」や「業」までが見え隠れしている。そういったことをひっくるめてつまりは「面白い」のである。「おかしい」のである。「生きる勇気」が湧いてくるのである。「面白い」とはそういうことのような気がする。


この文章を読んだ時、なんだか気分が楽になったような感覚がありました。こんな考えを持った人がいることに救われる感覚も。自分の中で、本当に真剣に悩んでいることがあって一人で苦しんでいるとします。そして、今まで誰にも言えなかったことを意を決して第三者に相談すると、意外にも笑って「そんなこと大したことないよ、どうにかなるさ。大丈夫。」という返事が返ってきてふぅーっと力が抜けた時の感覚に似ていました。時には、第三者の他人事的な楽観視が身に沁みて嬉しい場合もある。
人が本当に四面楚歌の状態に陥ったときの安全弁のような働きがそこにはある気がしました。
「おかしい」とは、生きている根本的な深い実感や感動をも含んでいて、それが「生きる勇気」と繋がる。その場に立つ力となり、そっと背中を押してくれる。客観的に「おかしい」と受け止められるセンスをいつも心の何処かに持っていたい。

(これを書いている時、ちょうど中国四川の地震がもたらした甚大な被害が次第に明らかになりつつありました。今、被災者の方々は、僕なんかが想像もつかないような苦しみや悲しみの中におられるはず。すると、同じ状況に立たされたとき、お前は本当に悲しみをすべて受け入れてその一段上によじ登り客観的に捉え、生きる力を絞り出せるのかと言われているような気がしました。答えは出ません。しかし、人間には、その底力が備わっていると信じたいし、先人の方々がそれを証明してこられたんだと思います。少しでも早く被災者の方々の苦しみが和らぐことを祈ります。)

また、幕末にこだわる三谷さんが、幕末という時代の特色と関連付けてシチュエーションコメディーの要素を挙げておられました。

○あちこちに抜き差しならない状況があって
○誰もが真剣に、生きていて
○時には命がけであって
○しかも先の展開が全く読めなくて
○そして熱気に満ちていた


そこに笑いの要素は一見皆無のように見えて、実は笑いに一番近い状況と言えるのかもしれません。三谷さんだからこそ生まれた笑いのセオリー。

「オンリー・ミー 私だけを」の中には他に、“笑いや面白さは、物事の表層部分ではなく本当の核心を突いた時に生まれるのかもしれない、だから面白さを追及する三谷さんには物事の本質が見えているんだろうなぁ”と思えた一節がありました。

これは今から15年前である1993年、細川護煕内閣総理大臣が誕生した時に書かれた三谷さんらしい斜めから不真面目に大物政治家を考察した文章の一部。

自民党の新井将敬氏と、小泉元郵政大臣は、細身同士で一見区別がつきにくい。手足が微妙に長く、背広姿が今ひとつ決まらないのが小泉氏である。この人は髪型がおひょいさんみたいで、どうも政治家という感じがしない。線の細さはどっちかというと衆院議員というよりもダンス教師だ。デパートの実演販売人の匂いもちょっとある。同じ細身でも新井氏には素浪人を思わせる凄みがあるというのに、何故だろうか。
しかし、従来の政治家のイメージを打ち破った(大臣時代も全然大臣に見えなかった)という点で、実は今一番注目しているのがこの小泉氏なのである。とにかくまるで偉そうに見えないのが素晴らしい。ゆくゆくは政権でも取って、総理のイメージを一新して欲しいものである。


そんな三谷さん。「ザ・マジックアワー」から生まれたブログを拝見していると、これから映画の公開日である6月7日まで、映画宣伝のために三谷監督怒涛のメディア出演が敢行されるようです。

「三谷幸喜のありふれた生活」には、映画「みんなのいえ」の映画キャンペーンの様子が書かれているのですが、当時は、150本の新聞・雑誌取材、90本のテレビ・ラジオ番組に出演したとありました。

海外から来るハイバジェットの映画で、時々くどいほど映画の宣伝が街に氾濫し、なんでもかんでも宣伝絡みで世間を動かしていくといった現象が起こりますが、そんな時、逆に拒絶反応を示して映画を観たくなくなる人がいることも事実。
「ザ・マジックアワー」はそういった映画とは違いますが、そんな類のリスクを犯してでも三谷さんが映画宣伝に身を捧げる哲学にも似た熱い決意が、「三谷幸喜のありふれた生活」にしたためられていました。

いくらいい作品を作っても、お客さんに観て貰わなければ、存在しないも同じ。面白そうな映画なのに、観ようと思った時にはとっくに公開が終わっていたことってありませんか。だからこそ宣伝は大切。あれだけ多くの人間が苦労して作った作品が、人知れず公開されるなんて、あってはならないこと。一人でも多くの人に観て貰うために、僕は法に触れない限りなんでもやるつもりだ。
テレビを通じて個人的な宣伝をするのに抵抗を感じる人もいるだろう。だから僕は映画の告知のためだけにテレビに出ることをよしとしない。出るからにはゲストとして、その番組を盛り上げるべきだし、それが番組に呼んでくれたプロデューサーへの恩返しであり、視聴者に対する礼儀だ。そして盛り上げたご褒美に、ほんのちょっとだけ宣伝をさせて頂く。それが僕のテレビ出演におけるスタンスだ。

<そして、元来テレビには向いていないと考えていて、面白く出来なかったのではないかという心配や後悔が半端ではない三谷さんにとって、番組出演が苦痛に思える時もあることが綴られていて、最後にこう締め括られていました。>

それでも僕は、呼ばれればどんな番組にも出ていき、映画の話をしようと思う。僕がやらなきゃ誰がやる。今はとにかく映画のスタッフとキャストのために頑張るだけだ。


これを読めば、これから始まる三谷監督の映画キャンペーンの見方が少し違ってくるかもしれません。

三谷監督の映画も番組出演も今から楽しみです。「生きる勇気」が込められた三谷さんの「笑い」を今。

映画「ザ・マジックアワー」オフィシャルサイト
期間限定ブログ「三谷幸喜の、みちたりた生活」
「マジックアワーを知っていますか。」 (「ほぼ日刊イトイ新聞」内)

以上、最近書くことがすべて上滑りしているりんくうがお届けしました。m(__)m 記事に関してお気を悪くされた方がいらっしゃったらどうかお許しください。

オンリー・ミー―私だけを (幻冬舎文庫)オンリー・ミー―私だけを
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三谷幸喜のありふれた生活三谷幸喜のありふれた生活
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きみの蒼い眼差しの向こうには何があるの?
2008-05-11 Sun 19:45
美しいと感じる事は、そこに存在する純粋な意志を感じ取る事とイコールのような気がした。

NOMさんが運営されている写真ブログ・『Plus RELAX-photolog-』
に紹介された【Keyword 白い髭・662】の写真を拝見して。

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〜ハナミズキ〜
2008-05-09 Fri 23:48
僕は、NHKラジオ第1で放送している『ワールドネットワーク』という“ラジオ深夜便”内のワンコーナー(月〜木・24時12分頃から約15分間)をよく聴いています。聴けない時は録音をして。

世界各国に在住のフリージャーナリストや大学教授、日本語教師など邦人の方々が日替わりで現地で起こっている出来事やその国ならではの習慣や風習を生の声で届けてくれる。日本でテレビ・ラジオには海外のニュースが溢れているけれど、それは事件や事故、政治関連についてのことが多く、その地に生活している人々に密接に関わった、その人たちからの目線で見た国の様子は意外に伝わってこない。この番組は、現地で何年も生活して、その場所に溶け込んでいる方がリポートして下さるから、実感が籠っていて、そこから積み上げた分析、内側からの総合的でリアルな民意を聞ける。国に漂う風の香から、日本に居るだけでは感じることが出来ない幅広い価値観、その国の(または他国と連動した)大きな潮流、はたまたそれと比較する事により新たな日本の姿までが見えてくる。“地球”を肌で感じ取りながら旅をしているような番組。

イギリス、アメリカ、エジプト、ドイツ、ロシア、カナダ、イタリア、オーストラリア、韓国などから伝えられる日々の様子。
欧米の国々からのクリスマスシーズンの過ごし方や楽しみ方、街のイルミネーションの様子に毎年心躍らせ、エジプト・カイロからラマダン時期の人々の様子が伝えられるとイスラムの方々の信仰の熱さに想いを馳せ、真冬に聴いたカーニバルで熱く盛り上がるブラジル・リオの街のざわめきに、地球の大きさを感じた。
季節ごとに訪れるその国の人たちが待ち望む一大イベントをリアルタイムで報告されるのも、この番組の魅力の一つで、人々の心の底に宿っている核心部分、生きる原動力や喜びが浮き上がってくる。客観的な立場で情報を受け取るので、率直に地球上の多様性や人々の生きる姿そのものに対して尊さを感じずにはいられない。

同じ地球に住む仲間達の息遣いや熱気が静まり返った日本の夜を包む。

4月下旬、いつものようにこの番組を聴いていたらアメリカ・ワシントンから「街は今、ハナミズキの花が咲き乱れている。」というリポートがあった。

この日以来、ハナミズキが気になる花となった。

そんな折、ある方のブログにその花の写真がタイミングよくアップされ、初めて目にして運命を感じる。このブログの管理人さんも、ラジオでリポートされた方も大好きな花だと仰っていた。そこまで有名な花を今まで知らなかったことを悔やむと共に、実際に見てみたい気持ちが大きくなる。

そして先日、知人にそのことを話すと、もう今年は花が終わったかもしれないと言われガッカリしている僕に、最後一輪残っていたという貴重なハナミズキの花を下さった。

写真を見て想像していたのは、葉が変化したような厚みのある花弁を有した10cm以上の力強い花だったので、いざ実物を目にしてその花の可憐さに意表を突かれた思い。5cmくらいの大きさで、水の清らかさを連想させる透明感と何処か憂いを秘めた佇まい。周りの煩わしさを消し去り清廉な空気を醸し出す不思議な力を持っていた。


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静かな部屋の中で電灯に照らし出された少し紫の入った白い花を眺めていると、自然に心が解けてゆく。その花の傍に寄り添っていたい気持ちと、自分の心を分かってくれているような安心感。
会っただけで相手の心を開かせるような、哀しみも喜びもすべて受け止めてくれるような、そんな心のひだに触れる繊細さを持った花。

頂いた方に、アメリカから来た高木なので日本の土壌には合わない場合があることや、水を沢山吸い上げる特徴があり、育てる時水を途切れさせないよう注意する必要があるということを聞いた。
その事と、何処となく影があり寂しさが一瞬垣間見えるけれど、それを隠して凛としている様や瑞々しい印象を受ける事は、何か関係があるのかもしれないと想像を巡らす。

悠々と水を湛えているかのような花。その水の中に、見る人の感情や異国の地である日本の風景を優しく溶け込ませ、余計な不純物をろ過して飾り気や強がりのないありのままの姿を水面に映し出してくれる。

ハナミズキがこんなにも人を惹き付けて止まない理由、そしてアメリカで桜の変わりとして現地の日本の方に受け止められている理由が分かった気がした。

早く来年満開に咲き誇るハナミズキの前に立ってみたい。

独断の解釈、ご容赦ください。^^;


【BGM】 宇多田ヒカル:「Prisoner Of Love」

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インターネット文化が支える「世界一周」という夢
2008-05-05 Mon 22:25
もし「世界一周の旅」という看板を掲げ、構想を練り、資金集め、もろもろの準備、旅に出てからの新しい発見や出会いなどを含んだ現地リポート、そして帰国後、この体験を通して見えてきた事柄やこの経験を土台とした新たな展開などをまとめた旅後記、これらすべてを逐一アップしていくブログがあったらどうでしょう。ワクワクすると思いませんか。^^
そして、今や星の数ほどブログはありますが、こういった壮大な企画ブログの立ち上げに巡り合える機会はそう滅多にない気がします。

そのチャンスが今ここに。FC2ブログにて、今年4月28日、『タダで60日間世界一周出来るかな?』というブログが姿を現した。
管理人は、「はあちゅう」という名の女子大生。彼女は現在、慶応大学の4回生であり、いくつものブログを手掛け、ネットコミュニケーションを足掛かりに各大学、各業界に幅広い人脈を持っている。まさに現代が生んだ大学生像そのもの。
彼女の行動力・向上心の高さ、それを支える知性は一目置かざるを得ないものがあり、ブログから発展した本を出版したり、NHKの討論番組に出演したり、香港の大学に1年間留学したり、アメリカで催眠術師の資格を取ったり、将来を見据えて様々なセミナーに参加したり、これまでの活動は枚挙にいとまが無い。(自分の大学生活は一体何だったのか。。笑)
大学時代、僕の周りには絶対に居なかったタイプで、彼女を知って東京の大学生のイメージは大体固まった。^^

そんな彼女がブログを拠点に、閲覧者からの助言やスポンサー、旅中に泊めてくれるボランティアなどを幅広く募っていく形式を採って、世界一周という夢に向かって歩みを進め始めました。(出発予定日:今年の10月2日) このオープンマインドな手法と情報発信能力、一から創造していく力、そして何より物事を面白がり楽しもうとする心。まさに今社会が必要としている人材。この方は社会に出ても第一線でバリバリ仕事をするんだろうなというのが目に浮かびます。

みんなの夢も乗せていくであろうこのブログは、まだ誕生したばかり。一緒にこれから始まる彼女の大冒険を見届けませんか?現在の段階では、旅に出る前、日常からかけ離れた未だ見ぬ世界に想いを馳せ希望で胸をいっぱいに膨らませる感覚を味わえるかも!

ブログ・『タダで60日間世界一周出来るかな?』

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真実と記憶の狭間
2008-04-29 Tue 23:55
このブログに検索でアクセスしてくださった方の多くが「本谷有希子 トップランナー」、「月イチゴロー」、「秒速5センチメートル 壁紙」の3つのキーワードからの来訪ということを以前書きましたが、久しぶりに忍者のアクセス解析を覗いてみると、その傾向は未だ変わらず、しかしながら「秒速5センチメートル 壁紙」の全体に占める割合がかなり増加していました。「秒速5センチメートル」のDVDが発売されたのが去年の7月。去年5月に本谷さんが出演されたトップランナーの情報を求めて来られる方の数が下火になってきたのにも関わらず、依然として「秒速5センチメートル」の壁紙人気は衰えず。と勝手に自分のブログアクセス解析だけの情報から判断するのは無謀な話なんですが。(^^;)
こんなにも「秒速5センチメートル」の壁紙の需要があるという事柄は、自分にだけ分かった事実ではないかとちょっと嬉しくなってみたり。
p080429_kabe(一時期ノートパソコンの壁紙は、「秒速5センチメートル」の壁紙にしていたのですが、ちょっと前から「鹿男あをによし」の壁紙に変更中。)

それだけ根強くみなさんの興味を惹く「秒速5センチメートル」とは如何に。ちょっと気になり始めた頃にラジオの映画紹介番組の中でレンタル店の店長がインタビューに答えて「秒速5センチメートル」をお勧めされていたのを聴きました。これは一度レンタルして観て見るしかないと思い、ようやく先日この作品を見るに至りました。

以前の記事は、この映画の予告編と主題歌「One more time, One more chance」ミュージックビデオの映像だけを見て、それに対する感想を書きました。だから本編を観る前は、よく映画の予告編がインパクトのある映像を集めて編集されているが故に、期待して観に行くと拍子抜けしてしまう事があるのと同じように、予告編用に“絵”になる映像だけを凝縮させているのかなという考えが少し頭を過ぎりました。

しかし、観始めると見事にその懸念はどこかに飛んでいきました。全編に渡りどこを切り取って壁紙にしてもおかしくないというような美しい映像の連続。そして、映画の中の駅の構内、学校の教室、緑の生い茂る海沿いの道、雪化粧をした町角、どの何気ないシーンも自分の経験から深層心理に刻み込まれている風景と驚くほどに親和性があり、心に突き刺さるような心地よい痛みを残していきました。ここまで自分の中に持っている景色の記憶を刺激する作品は、実写でも他のアニメでも中々無いんじゃないかと思います。(大げさ!?)

今回、映像を観て美しいと感嘆すると同時にリアルだとも感じました。日常の中にある風景でこの2つの感覚の共存を味わえるのが、この映画の大きな魅力の一つではないでしょうか。

巻末の新海誠監督のインタビューの中で、映画製作の上での一環したコンセプトとして、「実際の風景を写実的に画くわけではなくて、記憶の中の風景を描きたいというのがある」と仰っていました。
人は物事を主観の混じった印象として捉えている。普段の生活の中では、実写の風景から脳の中で何らかの変換がなされて、心に届いてくる風景は実際とは少し異を成しているはず。では、脳の中での変換経路を省いて、その心に映る風景をダイレクトに観客に提示した時、人の心はどういう化学反応を示すか、これは新海監督の壮大な実験ではないかと思えてきました。新海監督は、その心の中にある風景を作り出す秘密の一つとして、描く密度を少なくしていると明かされていました。実際の脳の中でも同じような工程が踏まれているのではないかと思ったり。

僕は大学生の時、街の中心から少し離れた小高い丘の斜面に位置するアパート、南向きの部屋に住んでいました。その部屋で友達数人と夜遅くまで飲んでそのまま雑魚寝し、次の日の朝方、目覚めた時に窓から眺めた景色が今でも忘れられません。もう本格的な夏が間近に迫っていたその季節。朝日は一年でも最も早く昇り始め、街はまだ眠っているかのような静けさを保っているのに、朝靄が微かに残るなか十分な光量がすでに東の空から降り注いでいます。空気は涼やかで気持ちの良い風が部屋に流れ込み、近くの住宅街、遠くに見える高いビルの群れ、公園の緑、それらが新鮮な朝の光を浴びて瑞々しく輝いていました。植物の葉に宿る朝露が黄金色を纏うように。大きく深呼吸したくなるような爽快感がそこにありました。

その窓から見える光景を何故写真に収めなかったのか、チャンスはいくらでもあったはずなのに。。と今でも後悔する気持ちが時々顔を出すのですが、「秒速5センチメートル」に出てきた2つのシーンを連続して目にした時に朧げになりつつあるあの時の光景がハッキリと蘇ってきました。あの時の空気と共に。眺めていた景色は下に貼り付けた1枚目のような感じで、光の加減は2枚目のような印象でした。


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しかし、もし写真に収めていても、今の自分の記憶の中にある風景とは違っているかもしれません。その写真に写っている現実を見て、もしかしたらあれは幻想だったと落胆するかもしれません。記憶の中だけでいつまでも輝き続ける風景、記憶の中だからこそ美しさを保ち続けることが出来る風景。
それは、その時の気温や湿度、空気の動き、何処からともなく聞こえてくる音、そして自分を取り巻く状況(例えば将来への希望や不安だったり、友達との関係だったり)を加味した気持ちの有り様、それらと連動した感動が実際の風景と混じり合った後に浮き出てくるものだから。

監督は、実際ロケされた所に行っても映画と同じようには見えないと仰っていました。色が淡く柔らかになり、遠くは霞み、光を増すことによって情報量が減らされている。しかし、それを見ている者はリアルだと受け止める。それは頭の中にリアルだと感じる根拠となるいつかの風景の記憶が個々にあるからだと思うのですが、実際に見た風景からその時点での脳内変換に加え、ある程度の時間経過による変化が起こり、映画の中にあるようなタッチの映像に近づいていくのかもしれません。そして、現実に体験した風景と共に結びついている感情もまろやかに、深淵に変容していて、映画を観ることでそれが無意識に呼び覚まされる。だからこの映画の映像を観ているだけで心地良くなるのではないかなと感じました。

新海誠監督作品独特の青や紫、白、オレンジの茫とした光の加減や色合いから、タケシマさんのブログにアップされている写真を連想しました。

タケシマさんの写真ブログ・「金魚ノ宙」

そこにある写真は、撮影技術によって実際に見える景色とは異なっていると思われますが、記憶の何処かにあるような、夢の中で観たような不思議な真実味や実感を伴って訴えかけてきます。人間の目にはそう見えないだけで、タケシマさんの写真に写った光景もこの世界に紛れもなく存在している真実の風景であると教えてくれている気がします。
そうすると人の意志を介した新海監督の映像も、写実的ではないにしても実は真実を描き出していると言えるのかもしれません。


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何を言いたいのか混乱してきました。(汗)

P.S この作品を借りにレンタル店に行った時、“5本で1000円”という張り紙が目に入り、折角ならと貧乏性意識が出て「秒速5センチメートル」以外に「笑の大学」、「天然コケッコー」(ラジオでパーソナリティーが、“天然コケコッコー”って言ってた。気持ちは分かる。笑)、「大日本人」、「ヒカルの5」をなんとかかなりの時間をかけ無理やり選び出しました。何を借りるか決めていなくその場で見たいものを選ぶのがこんなに難しいとは。^^; 後から、ハズレがなくて自分でもビックリしたのですが。
何を選んでも良かったのに結局、ライブDVD「ヒカルの5」以外全部邦画。自覚なしに邦画のコーナーに引き寄せられていて、改めて自分は邦画が好きなんだと気付かされました。僕の中で邦画の勝手なイメージとして、「箱庭的小ぢんまりした扱いやすいサイズであり、それ故細かい所まで気配りが行き届いていて奇麗に整えられまとまっている」というのがあります。作品から滲み出ている日本的な美的感覚が心地いいのかもしれません。良く出来たミニチュアを眺めている時のような。(特に三谷幸喜監督の作品にはそれを強く感じます。)

秒速5センチメートル 通常版秒速5センチメートル 通常版
(2007/07/19)
水橋研二、近藤好美 他

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